今日の東京新聞

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投稿ミラー/生還少年の出家「見事」 権田めぐみ

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日銀  長期金利上昇  容認 緩和の副作用軽減/1面

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投稿ミラー/生還少年の出家「見事」  主婦  権田めぐみ  46(千葉県佐倉市)/5面

 洞窟から救助されたタイの少年たちが出家するとの報道で、いろいろなことが腑(ふ)に落ちました。
 退院後の会見では、冒頭元気にサッカーをする様子が披露されました。少年たちの受け答えも「帰ったらお母さんに怒られると思いました」など生還の喜びを屈託なく伝える内容で、日本とのお国柄の違いをまざまざと感じました。日本だったら、「救助の段階で1人亡くなっているのに不謹慎」と非難されそうですものね。
 もしも、この出来事が日本で起きたのなら、退院後の会見は「生きて帰ってスミマセン」的な沈痛な面持ちで整列し、「大変ご迷惑をおかけしました」という内容になっていたことでしょう。でも、それでは救助に駆け付けた人たちも、さらには命を落としたダイバーも浮かばれません。元気な笑顔で「ありがとう!」と伝えることこそ大切ですよね。と、思う半面、なんだかスッキリしない気持ちも抱えていたのでした。
 そこへ、少年たちがダイバーの追悼と、救出に携わった人たちヘの感謝のため揃(そろ)って出家したとの報道に、「さすが仏教国」と得心がいきました。頂いた善意に全力で感謝し、そのことが「こんなにも嬉(うれ)しいこと」と、しっかり喜びを表現する。その上で、払われた犠牲や周囲の心痛、世間を騒がせたことへの責任はきっちり取る。それが、いかにも清々(すがすが)しく見事だと感じました。
 もちろん、日本での出家とは違うのでしょう。今後、世捨て人として生きるのではなく、9日間の修行を行うとのこと。でも、このバランス感覚こそ見習いたい。そう思うのです。

 

<ブログコメント>仏教国のタイやミャンマーには一時比丘(びく)の制度があります。僧侶ではない一般人が、一定期間、仏門に入って修行する、戒律を守って僧院の暮らしをする習わしです。成人してからでも3カ月とか半年、生涯に一度、一時比丘(僧侶)になる人は少なくないようです。自分を見つめ直す良い機会になるのでしょう。ところで救出された13人のうち1人はクリスチャン(キリスト教徒)でした。クリスチャンは仏教徒ではないので一時比丘にはなりません。今回一時比丘になったのはその1人をのぞく12人です。全体責任でもなく、全員一致の強制でもなく。でもきっと、子どもたちはお母さんにお寺へ行ってきなさい、といわれ、頭を剃(そ)ったのだと思いますが…。他者に強制することなく、他者に強制されることなく。そのあたり、当たり前というか、フツーに行われているところがいいですね。

群馬/館林の在日同胞 バングラに学校

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群馬/館林の在日同胞  バングラに学校 ロヒンギャの子に安全と教育を/18面

 ミャンマーで国軍の迫害を受けて逃れたイスラム教徒少数民族ロヒンギャが身を寄せる隣国バングラデシュの難民キャンプに、館林市に暮らす同胞のロヒンギャ男性が建てた学校がある。環境が劣悪で人身売買など子どもを狙う犯罪も懸念されるキャンプで、子どもらが安全に過ごせる数少ない居場所となっている。(コックスバザール共同=井上千日彩)

 少なくとも72万人の難民が流入した同国南東部コックスバザール近郊にあるクトゥパロン難民キャンプ。竹製の粗末な小屋が密集する一角に、在日ロヒンギャの会社経営アウン・ティンさん(50)が建てた学校があった。校舎の中に入ると、イスマイル君(10)が壁のホワイトボードに、自分の名前を英語とビルマ語で得意そうに書いてくれた。
 子どもの一人は「友達にも会えるし、勉強もできる。この学校に来られてうれしい」とはにかんだ。
 アウン・ティンさんは、ミャンマー西部ラカイン州の出身。1988年の民主化要求デモに参加して3回拘束され、90年に国外脱出した。92年に来日、2015年には日本国籍を取得している。
 昨年10月にキャンプを訪問した際、男児がポリ袋に入れられ連れ去られるのを目撃したり、地べたに横たわって休む子どもの姿を見たりして衝撃を受けた。安全な居場所の確保や教育のため「学校が必要」と考え、昨年12月に開校。建設費と教科書代など約100万円の費用のうち、4分の3を私財で、残りを日本で集めた寄付で賄った。
 学校の授業は朝と昼の2部制で、小学生ぐらいの約300人が通う。教師4人は全員、ミャンマーでも教師をしていたロヒンギャ難民のボランティアだ。英語と算数に加え、ビルマ語の学習にも力を入れる。ロヒンギャにはミャンマー公用語ビルマ語が分からない人も多い中、故郷に帰還した後の生活を見据える。
 教師の一人、トーハさん(23)は、ミャンマー軍に家を壊され家族と共に昨年8月末、キャンプに逃れて来た。学校で教えていなければ何もせずに毎日を過ごしていただろうと笑った。
 アウン・ティンさんは「学校があれば、子どもの身元や通学状況が把握できるようになり、先生など大人の目が届きやすくなる」と説明。そのことが「人身売買などを抑止することにつながる」と話している。

投稿ミラー/「醜悪国会」国民も責任 島根勝利

ミラー/「醜悪国会」国民も責任 島根勝利 71(埼玉県草加市/5面

 憲法第41条は国会を「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と規定している。しかし、22日に開会した通常国会は、その名に値しない実に最悪の国会であった定年退職後、国会中継を視聴していてこれほど醜悪な国会は記憶にない。
 公文書が改ざんされ、廃棄される。「ない」とされた文書が見つかる。答弁の嘘(うそ)が明らかになる。安倍首相はその都度「責任は行政の最高責任者である私にある」と繰り返すが、一度としてトップとしての責任を取ったことがない。むしろ、閣僚や官僚を擁護する姿勢が目立った。
 「働き方」関連法、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法、参院の定数を6増やす改正公職選挙法は十分な審議も行わずに強行採決して成立させた。いずれも世論の過半数が反対をしているにもかかわらず、数の力で押し切った。
 国会は政府の提出した法案を通過させるだけの下請け機関と化している。政府の身勝手や暴走を阻止する行政監視機能はどこへ行ってしまったのか。とりわけ森友、加計問題に関しては国政調査権を発揮するどころか、政権与党と一体となってその役割を放棄したに等しい。
 行政府に従属している立法府の姿は、三権分立を規定する憲法、国民に対する背信行為である。
 しかし、このような行為を政権が平然とできるのも、6年で5回の国政選挙に圧勝した安倍政権の危機感の緩みにあると私には思える。突き詰めれば、有権者、国民にもその責任の一端があると思わざるを得ない。

オウム6人死刑執行 サリン・弁護士一家 13人全員執行

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オウム6人死刑執行 サリン・弁護士一家 13人全員執行/1面

 法務省は26日、オウム真理教による一連の事件で殺人罪などに問われた教団元幹部6人の死刑を、東京と名古屋、仙台の各拘置所で執行した。6日に元代表麻原彰晃(しょうこう)元死刑囚=執行時(63)、本名・松本智津夫(ちづお)=ら元幹部7人が執行されており、死刑が確定した13人全員の執行が終わった。
 <略>

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「恒久的対策もう取れない」 松本サリン被害 河野さん/1面

 オウム真理教による1994年の松本サリン事件の被害者で、一時、警察やマスコミから犯人視された河野義行さん(68)が26日、愛知県豊橋市で本紙の取材に応じた。麻原彰晃元死刑囚ら13人の死刑執行で事件の真相を深く知る当事者がいなくなり、「事件の再発を防ぐ恒久的な対策を取れなくなった」と指摘した。
 一連の事件の背景解明を求めていた河野さんは「真相は本人たちしか分からない。『なぜ』が分からなければ歯止めのかけようがない」と死刑執行を疑問視。死刑囚以外のオウム関係者に「捜査関係者が粘り強く接し、本音を語ってもらうことが必要」とも訴えた。
 河野さんは新実智光元死刑囚=執行時(54)=ら4人の死刑囚と面会している。死刑制度に反対の立場だが、「死ぬことを許され、自由になれて良かったね」と声を掛けたい気持ちになったという。松本サリン事件で意識不明となった妻澄子さん=享年(60)=が10年前に亡くなったときも同じことを思ったといい、「意識不明も拘置所も『不自由』の最たるもの」と述べた。
 事件の被害者の心情にも触れ、「加害者を恨むことで心のバランスを取っていた被害者は(死刑執行で)生きる支えがなくなるのでは」と懸念した。河野さんは病気の兄を看病するため2016年、豊橋市に転居した。(高橋雪花)

 

<ブログコメント>東京新聞の取材に応じた河野さん。鶴見俊輔著『思い出袋』(岩波新書を読んだとき、河野さんについて触れる数行があり、「あー、そうだ。私もこの人に対して同じ思いを抱いている」と強く共感した覚えがあります。以下に紹介します。

誇りという言葉 (p.99-100)
 <略>
 17歳から19歳まで、私は米国マサチューセッツ州ケムブリッジ市のヤングさん一家の下宿人だった。女主人は離婚していて、3人の子ども、実母、それに下宿人の私をいれると6人世帯で、3室のアパートに暮らした。
 女主人のマリアンは、「あなたを誇りに思う」( I am proud of you. ) と私に言うことがよくあった。私は子どものときから、そういう言いまわしに会ったことがない。おどろいた。生まれた家から遠く離れて、日常生活を共にしている年長者から、誇りに思うと言われて、その言葉を裏切りたくなかった。
 20歳以後、日本に帰ってからの長い年月、「あなたを誇りに思う」などと私に向かって言う人はいなかったし、私から他人に向かって言ったこともない。記憶にない。でも、そう言いたいと思うことはあった。
 小学校1年生のときからつきあいの絶えることのなかった永井道雄が、三木内閣の閣僚になり、やがて、三木おろしにあって三木武夫が総理の座から降りると、永井道雄はただちに辞職してもとの朝日新聞に戻った。そのとき、君を誇りとする、という言葉が私の心に浮かんだ。しかし、それを彼に伝えることはなかった。私の日本語には、その言いまわしはない。
 もう一度は、松本サリン事件で最初に容疑者とされた河野義行が、自分の無実を警察に対して主張し、自分の妻がサリンのために昏睡状態となり、その状態の続く中で、オウム真理教団に対して破防法が適用されることに反対したとき。こういう人が日本人の中にいることを、おなじ日本人として誇りに思った。河野義行には会ったこともなく、この言葉を伝えることもなく過ぎた(その後会ったことがある――追記)。
 <略>

 鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)から

低調な死刑存廃議論 廃止が世界の潮流

低調な死刑存廃議論 廃止が世界の潮流/2面
 今回の死刑執行は、死刑廃止が主流の国際社会から批判が強まるのは必至だ。死刑制度の在り方も改めて問われる。
 「松本(智津夫)元死刑囚の死刑だけで十分。他の12人は手足。手足を死刑にしてどうするんだ。時を経過させ、12人がどう話していくか知りたかった」。教団脱会者の支援に取り組んだ滝本太郎弁護士は、自身のブログで思いを吐露した。
 遺族らも、教祖を名乗った松本元死刑囚の執行は当然と受け止めつつも、他の死刑囚については異論がある。公証役場事務長監禁致死事件では、仮谷清志さん=当時(68)=が、元幹部で医師だった中川智正元死刑囚らに麻酔薬を投与され、副作用で翌日死亡した。長男実さん(58)は「父の最期を知る中川元死刑囚から本当のことを聞きたかった」と残念がった。
 一方、死刑制度存廃を巡る議論は低調だ。廃止を目指す超党派議員連盟は10年ほど前まで活発な動きを見せていたが、近年は議員数も減り存在感を示せていない。日弁連も2016年に死刑廃止目標を組織として初めて打ち出したが、支持は浸透していない。
 視線を国外に広げると情勢は対照的だ。
 フランスでは、死刑廃止を公約に掲げて当選したミッテラン大統領が1981年、世論の3分の2が死刑制度を支持する中で、誤判の危険性といった理由を挙げて廃止にこぎつけた。
 韓国では、98年就任の金大中大統領が、自身の信条などを理由に執行を認めない姿勢を貫き、その後も執行はなく、「事実上の廃止国」とされている。

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「前代未聞の事態」死刑廃止団体
 オウム真理教の元幹部ら6人の死刑執行を受け、死刑に反対するNPO法人や人権団体が26日、国会内で記者会見し、「 6日の7人も含め、1カ月で13人もの執行は前代未聞の異常事態だ」と訴えた。
 NPO法人「監獄人権センター」事務局長の田鎖(たぐさり)麻衣子弁護士は、6人中4人が再審請求中だったことを問題視。「民主国家の司法の在り方として本当に恥ずべきことだ」と批判し「執行への感覚がまひしてしまう危険がある」と懸念した。
 人権団体「アムネスティ・インターナショナル日本」の中川英明事務局長は死刑廃止は世界の大きな流れで、国際社会の常識だ」と指摘。上川陽子法相が26日の会見で回答を控えることが多かったとして「国民に死刑に関する情報を開示するべきだ」と話した。