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山本宣治の闘い 再び脚光

  f:id:a-tabikarasu:20170528142226j:plain 2017.5.28

こちら特報部 「山本宣治の闘い 再び脚光」 治安維持法に反対した戦前政治家

 共謀罪法案の国会審議が進む中、じわりと注目を集めている戦前の国会議員がいる。庶民から「山宣(やません)」と慕われた労働農民党の山本宣治(せんじ)(1889-1929)。治安維持法に反対し、39歳で凶刃に倒れた。その生涯を描いた映画も各地で自主上映されている。今、なぜ「山宣」なのか。(佐藤大

 今年三月、東京都渋谷区で開かれた映画「武器なき斗(たたか)い」(60年制作、山本薩夫監督)の上映会は、重い空気に包まれた。山本宣治の生涯をたどった半世紀以上前の作品に、約百人が集まった会場から「もの言えない空気が今と同じだ」との嘆息も漏れた。
 上映した市民グループ憲法を考える映画の会」の花崎哲さん(65)も、今と重ねずにいられなかった一人だ。「国会で治安維持法を批判する山宣の質問に、役人はまともに答えずにはぐらかせるばかり。今の共謀罪法案の国会審議と同じではないか」
 「武器なき斗い」を販売・貸し出している「独立プロ名画保存会」(東京都杉並区)の山本洋子さん(75)によると、今年に入りにわかに問い合わせが増えている。「共謀罪の勉強をしたいという方が多い。昔見て、若い人に見せたいという方々も連絡してきている」と話す。
 山本宣治とはどんな議員だったのか。京都府宇治市の出身で、18歳で園芸研究のためカナダに渡ったこともある異色の生物学者だ。東京帝大で動物学を学び、京都帝大や同志社で教壇に立った。教授たちの反対を押し切ってタブー視されていた性科学の講義を行い、「生めよ増やせよ」の時代に産児制限運動に奔走したことでも知られる。
 大学を追われたが、1928年に労働農民党から出馬し、当選。25年に制定された治安維持法の最高刑を懲役10年から死刑に引き上げる改正論議があり、労働者らへの弾圧激化を危惧して反対した。だが、29年3月、東京の旅館で右翼団体メンバーに刺殺された。その前日に大阪で「山宣ひとり孤塁を守る。だが私は淋(さみ)しくない。背後には大衆が支持しているから」と演説したのは語り草で、郷里の墓にはその言葉が刻まれている。
 長野県上田市で山本宣治の記念碑を守る「長野山宣会」の藤原超事務局長(80)は「安保関連法の議論のころから、記念碑を訪れる人が増えている」と話す。殺害の四日前に上田市で演説していた縁で、地元の人びとが翌30年に記念碑を建立。戦時中も当局の破壊命令にもかかわらず、ひそかに土の下に埋められ守り抜かれた。来訪者用のノートには、国民の負託に応えようと命懸けで闘った山宣への賞賛や、治安維持法に似る共謀罪への危機感がつづられている。「治安維持法共謀罪とは関係ない、たいしたことはないと政府はごまかしたいようだがひきょう」と話し、こうした国会審議への不満が「山宣詣で」につながっているとみる。
 毎年、命日の3月5日に「山宣墓前祭」を開催している京都の「宇治山宣会」は今春、「山宣をもっと多くの人たちに知ってもらいたい」と「山宣クリアファイル」を1500セット作製した。
 藪田秀雄会長(72)は「山宣は闘士というより普通の生物学者だった。人間がいかに生きるか、という問題から、戦争に反対し、治安維持法に反対した」と説明し、こう訴える。「共謀罪もいったん成立してしまえば際限なく拡大解釈されてしまう。山宣は孤軍奮闘したが、今はそうではない。自由や民主主義を守るために力を尽くすときだ」 2017.5.28

 

<ブログコメント> 日曜日の東京新聞は紙面が充実しています。暮らしや文化など、紹介したい記事はたくさんありますが、21世紀の治安維持法である共謀罪法案が国会審議で山場を迎えていることを踏まえ、治安維持法に反対した山本宣治の記事を選ぶことにしました。6年間ほぼ毎日、福島第一原発事故関連の記事を載せ、沖縄の辺野古についても毎週レポートする。そんな東京新聞の姿勢は、今では外国人記者から「日本のクオリティペーパー」とも呼ばれています。今日紹介した山宣の記事も「東京新聞らしい」記事だと思います。