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「共謀罪」国際人権規約違反の恐れ

  f:id:a-tabikarasu:20170601090836j:plain 2017.6.1

こちら特報部 「共謀罪国際人権規約違反の恐れ 米国人法学者レベタ氏に聞く

 参院で審議が始まった「共謀罪」法案には、国連から人権侵害への疑念が表明されている。安倍晋三首相は個人攻撃に近い非難を繰り返すが、「人権侵害」の指摘にまともに反論できていない。実際、国際人権規約に照らして法案を危ぶむ専門家は少なくない。今春まで明治大学で教壇に立ち、日本の司法に詳しい米弁護士のローレンス・レベタ氏(66)は「法案は、読んで分かる以上に、深刻な問題をはらむ」と指摘している。(安藤恭子、中山洋子)

 「日本政府の抗議はナンセンスです。UNITED NATIONS と記された、この書式をみてください。特別報告者は国連の仕事の一環として、手紙を書いた。これは個人のコメントではない」
 30日に都内で「こちら特報部」の取材に応じたレベタ氏は、国連の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏の公開書簡のコピーを手に、あきれたように肩をすくめた。
 安倍晋三首相に宛てた5月18日付書簡は、国際人権高等弁務官事務所と明記され、国連ホームページで公開されている。共謀罪法案について「計画」や「準備行為」の文言が抽象的で恣意(しい)的であり、プライバシーや表現の自由に関し国連国際人権規約に抵触する恐れがあると指摘した内容だ。
 この書簡に対し、日本政府は外務省を通じて抗議した上で、30日には「国連の見解ではない。誤解に基づくと考えられる点も多い」とする答弁書閣議決定した。安倍首相も参院本会議で「著しくバランスを欠き、客観的であるべき専門家の振るまいとは言いがたい」とケナタッチ氏個人を批判した。
 だが、ケナタッチ氏は、日本も理事国を務める国連人権理事会から任命された特別報告者。レベタ氏は「国際人権条約に基づき、参加国に対して人権について勧告する重要な役割を担っている。この規約には日本も1979年に批准している」と説明する。「共謀罪の捜査のために、市民監視が強まるという、ケナタッチ氏の指摘はその通り。だが、彼が日本の警察の実態を知れば、法案は、より深刻な問題をはらむことが分かるはずだ」
 こうまゆをひそめるレベタ氏が示したのは、日本と米国で発覚したイスラム教徒に対する大規模な監視事件の比較だ。
 日本では2010年、警視庁の国際テロ捜査にかんする内部文書がネット上に流出し、監視の実態が明らかになった。流出資料によると、情報収集の対象は日本人も含む国内に住むイスラム教徒。警察は写真、氏名、住所、勤務先などをデータベース化し、モスク前に監視カメラを置いて、礼拝に集まる人たちを尾行していた。銀行からも任意の協力を得て、名簿や口座情報が提供された。
 「何の罪も犯していないのに、ただイスラム教徒というだけで監視された。憲法で保障された信教の自由を侵しているばかりか、警察による宗教差別そのものである」とレベタ氏は憤る。
 <略>
 「日米の判決は、180度違う。イスラム教徒によるテロが現実に起きている米国の裁判所でも、宗教を理由とした監視捜査は違法だと判断したのに、日本の裁判所は『やむを得ない』などと言う。日本では、警察の違法捜査をチェックすべき裁判所が、まったく機能していない。これは怖いことです」とレベタ氏は主張する。
 当局による監視は、宗教団体にとどまらない。1999年に発覚した公安調査庁の内部文書によれば、市民オンブズマン環境保護団体、原発政策に批判的な団体や、女性の地位向上を求める運動など広範な対象を列挙し、調査するよう全国の下部組織に指示していた。
 「監視のターゲットは市民社会そのものだ」とレベタ氏は言う。「日本の警察はすでに大きな力を持っているのに、共謀罪でさらに強い力をもつことになる。こんなに危ない道具が、ほんとうに必要なのか」
 実際、日本では警察の行きすぎた捜査に歯止めがかかっていない。
 レベタ氏は、沖縄の新基地建設の抗議運動を指導してきた山城博治議長(64)の長期拘留を挙げ、「明らかに国際人権法を犯している」と批判する。山城議長は、有刺鉄線を切断した器物損壊容疑で昨年10月に逮捕され、約5ヶ月間拘束された。
 「国際人権規約の第9条で、恣意的な逮捕と長期拘留を禁じている。山城さんのケースは明らかに微罪。米国の警察なら、仮に逮捕してもこの程度の微罪ならその日のうちに保釈している。これで長期拘留するなど民主国家としてありえない」とあきれる。
 <略> 2017.6.1

 

<ブログコメント> 今日の記事は2ページと長いので一部略しました。都合の悪いことを指摘されると嘘をまじえて相手を非難する。相手をこき下ろして議論の土俵にあげないようにする。これでは議論になりません。まともな議論ができないからです。相手が野党でも、官僚でも、国連でも、政権の対応は同じです。