今日の東京新聞

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コラム大波小波「弱き美しき日本」

  f:id:a-tabikarasu:20170616082809j:plain 2017.6.16

大波小波「弱き美しき日本」
 日本の日本たるゆえんを思想的主題として初めてとりあげた人物は本居宣長(もとおりのりなが)だろう。そこで見いだされたのが「もののあわれ」であり、それは大陸から輸入された律令(りつりょう)制下にあって、しかしその規範性、論理性に反する、主情的、美的なものであった。上なる規範の側に立つことで強者たろうとするのでなく、あくまでも弱者たる一個人の気づきを美的なものとして尊重する姿勢。「美しい国 日本」はここから始まる。
 「美しい国」を掲げた現政権下のありさまはいかがであろうか。長期政権がむやみに力を持ち、その側に立つことで利を貪(むさぼ)ろうとする者との間に暗黙の約束が交わされるばかりでなく、強者たる彼らが一個人をいじめるかのような構図は。
 前文部科学次官が私生活で、つまり一個人としてどこに行っていたかが、国全体の利害に直結する大学開設の問題とどこで関係するのだろうか。そのことを政権がリークした情報に基づいて、大新聞が書き立てたのだとすれば、それが美しい国のあり方だろうか。
 宣長は、僧侶が恋の歌を詠むことへの批判を一蹴した。僧としての生活と、歌としてのよしあしは何の関係もないというのである。無関係のことで弱者を責めるようなことのない真の美しい国へ。(猫の鈴屋)

  f:id:a-tabikarasu:20170616082819j:plain 2017.6.16

発言「リンカーンと大違いの強権」 無職/千秋達夫(東京都世田谷区)

 安倍首相が2015年5月訪米の際、上下両院議員を前にリンカーン米大統領の演説にある「人民の、人民による、人民のための政治」に言及、日本人は民主政治の基礎をこの一節に求めてきたと語ったことを思いだしてほしい。
 民主的プロセスでの最終決定は多数決に委ねられるが、前提は少数意見に謙虚に耳を傾けること。首相は「丁寧に説明していく」と語るが「丁寧に耳を傾けていく」とは語らない。「共謀罪」法案や森友、加計(かけ)学園問題でも首相の権威で突破を図っている。表現の自由や「共謀罪」法案に関する国連特別報告者にも感情的反発をあらわにする。
 リンカーン演説とは縁もゆかりもない強権政治がまかり通っている。これでよいのか? 政府与党や霞ヶ関の行政機関の良識者は、文科省の前川前事務次官に続き声をあげてほしい。

発言「忖度する人間 犯罪にも無力」 心理カウンセラー/栗原光弘(神奈川県厚木市

 ドイツ出身の哲学者ハンナ・アーレントは、ナチス政権のユダヤ人虐殺を指揮したアイヒマンを、机の前に座って仕事をするだけの凡庸で、ただの小心者の官僚であり、大きな罪を犯す可能性を「悪の陳腐さ」」という言葉で表した。
 米国の心理学者ミルグラムが行った権威者の指示に従う人間の心理状況の「服従実験」では、多くの人が相手に深刻なダメージを与える行為をしたのだ。人を傷つけてはいけないという道徳心さえ覆す力を、彼は「状況の力」と呼んだ。
 人間は権威の力に屈し、その指示に容易に従ってしまう。忖度(そんたく)とは、「状況の力」に従ってしまうことであり、その事が不正行為であっても、平然と悪事に手を染めるのだ。
 忖度をする人間は、善悪の判断をしない。ただただ権威者の行為に従い、その行為を正当化するために、うそをつくのだ。
 今の日本の国会での役人や政治家の答弁は、まさに、「状況の力」に屈服したものではないだろうか。権威にこびへつらう人間は、権力者の犯罪に立ち向かえない。

   

<ブログコメント>今日は新聞に載っていた人びとの声を紹介します。7面の「文化」にある「大波小波」は文芸もののコラムとしてよく知られています。つづく個人の発言2つは、5面の「社説・発言」に載っていたものです。読者の投稿・発言です。