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道子とミホ、二人の「狂」 / あふれる光

  f:id:a-tabikarasu:20170624100939j:plain 2017.6.24

大波小波「道子とミホ、二人の「狂」」

 『評伝 石牟礼道子ー渚(なぎさ)に立つ人』(米本浩二著、新潮社)が胸を打つ。
 水俣病闘争は、道子にとって幻想が打ち砕かれていく過程であった。幻想とは「あの世」ではない、「この世」でもない、「もうひとつのこの世」をこの世に出現させること。1973年の心情。「永遠に空転している感じです」「文学と運動との間が破綻する。ひきさけてくる」。そして、絶唱。<いつの日かわれ狂ふべし君よ君よその眸(め)そむけずわれをみたまえ>
 幻(ヴィジョン)がなければ闘えない。幻を支えるのは「狂」である。道子の「狂」は祖母モカに淵源(えんげん)し、水俣病患者へのより添いがこれを鍛えあげた。
 道子の評伝を島尾ミホの評伝『狂うひと』(梯(かけはし)久美子著、同)と並べて読むと、コクが増す。ミホの「狂」は、抽象化すれば、戦争の記憶に蓋(ふた)をして顧みない「戦後」への異議申し立てだった。道子の「狂」は、効率のためには切り捨てても顧みない「近代」への異議申し立てだった。ミホは夫と奄美へ帰り、小説を書き始める。ミホも道子も地に根づき、言葉を紡ぐことで身を鎮めていく。
 二人から見たら、こちら側の私たちこそが「狂」であろう。2冊の評伝が澄んだ「鏡」となって、昭和の顔を映し出す。 (昭和の子)

 

美術評「あふれる光」 DAN FLAVIN展

 ダン・フレイヴィンは、1960年代のアメリカで隆盛した「ミニマリズム」と呼ばれるアートの潮流に属するアーティストである。フレイヴィンは、それ自体はどこにでもある「家電」としての蛍光灯をそのまま、時に複数を組み合わせ、ギャラリーに設置することで作品とした。
 ミニマリズムの特徴は、作品がシンプルな幾何学形態やその反復といった、「アートとしての最小限」の要素で構成されていることだとされる。さらに、ミニマリズムのアーティストたちは、40ー50年代にアメリカで起こった「抽象表現主義」の後続世代でもある。抽象表現主義が目指したのは、アートの純粋性のようなもの、たとえば絵画であれば、絵画でしかできないことだけを追求する、という考え方である。
 抽象表現主義ミニマリズムのように、アートがアートとしての純粋性や自立性を求めていく価値観は「モダニズム」と呼ばれる。つまり、近代的であること。そして、モダニズムアートが、真っ先にアートから切り離そうとしたものが「宗教」である。近代以前、アートと宗教は一体であった。それどころか、アートの価値や存在意義は、宗教によって担保されていたと言ってよい。だからモダニズムアートは、自らのアイデンティティーを確立するために、宗教とのつながりを断ち切ったのである。
 しかし、以上のような教科書的な説明は、実際にフレイヴィンの作品がもたらす体験とは、大きく食い違っている。なぜなら、モダニズムアートが真っ先に切り捨てたはずの(フレイヴィン本人も強く否定したはずの)宗教性が、厳然とそこにあるからである。余計なものをそぎ落とし、光に溢(あふ)れるフレイヴィンの空間は、実に宗教的であり、崇高ですらある。実はフレイヴィンだけでなく、多くのモダニズムアートの巨匠たちが、そのキャリアのどこかの段階で、自ら宗教的崇高さのようなものに接近している。マーク・ロスコにいたっては教会まで造った(ロスコ・チャペル)。
 かつてモダニズムは、宗教に対してほとんどアレルギーに近い拒否反応を示し、宗教を前近代という暗闇へ押し留(とど)めようとした。しかしそれは結局、いつのまにか、思いもよらぬところから宗教性が回帰する、という事態を招いただけだった。
 人間と宗教のつきあいは長い。単なる拒否反応や思考停止だけでは、宗教とのつながりは断てそうにない。であるなら、モダニズムを経た上でなお、宗教とアートはどのように関わりうるか、という課題こそ考えねばならない。(黒瀬陽平=美術家、美術評論家)

 

<ブログコメント>土曜日の東京新聞は「文化」面が目立ちます。その中から「美術評」とコラム「大波小波」を紹介します。