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彫刻と社会の今を考える 公共空間の「裸婦像」

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彫刻と社会 いま考える 日本独特 公共空間の「裸婦像」/6面

 駅前にある広場の一角で「平和の像」などと題された彫刻を見かけることはないだろうか。多くは裸体の女性像。これほど唐突に、屋外の公共空間に裸婦像が設置されているのは日本独特の光景だという。美術作家の小田原のどかさんらが、こうしたモニュメントの設置の歴史的背景に焦点をあて、新刊『彫刻の問題』(トポフィル)をまとめた。これまであまり意識されずにきた公共彫刻のあり方について、あらためて考えさせる取り組みだ。(中村陽子)

 本ができたのは、信州大の教員・金井直(ただし)さんのキュレーションにより昨年、愛知県立芸術大サテライトギャラリーで開かれた企画展がきっかけ。小田原さんと美術作家の白川昌生さんがそれぞれ、本と同じく「彫刻の問題」をテーマに、長崎市の原爆投下の碑にまつわる作品を発表した。実在の碑を模した造形物で、モニュメントの意味を再認識させる内容。新刊では、三人がおのおの、この時の企画展と制作をベースに彫刻についての考えをつづる。
 小田原さんは企画展の前から、彫刻の設置をめぐる問題に長く関心を持っており、本の編集も担った。「彫刻がどれほど歴史に左右されてきたか、彫刻家でも知らない人が案外多い。なぜその作品がそこに必要なのか、考える必要がある」と狙いを話す。
 公共彫刻は、社会の動きや為政者の意向と結び付き、世界じゅうで設置されたり、撤去されたりしてきた。同じ像でも、時代によって名前や意味合いが変えられることもある。日本では明治期以降、勇ましい男性の軍人の銅像が各地に建てられたが、戦後はそれらが「平和」「希望」などの名前がついた女性の裸体像に変わっていったという。「なぜ女の裸が平和を象徴するのかという議論は深められないまま、瞬く間に日本中に普及していった」(小田原さん)
 新刊は、韓国の日本大使館前に設置された「少女像」や、東日本大震災後にモニュメントとして手が加えられた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」など実例にも触れながら、彫刻作品と社会の関係を浮き彫りにする。
 「戦争とのつながりを知ることもないまま、社会の要請だけで作品を作っていけば、大政翼賛的な彫刻を自覚なく作ることにもなりかねない」と小田原さん。美大などでの教育にも、問題の根があると指摘する。「素材と向き合って技術を磨くことに重点を置き、考えることを否定する傾向がある。私が学んだ美大でも『本を読むな、勉強をするな」と言われた。現状に一石を投じたい」。為政者や行政がアートに介入する時、作者は表現とどう向き合うのか。そんな裾野の広い問題も投げかけている。

行政側の「なし崩し」は問題 記念イベントで自川昌生さん
 東京・下北沢では、この本の刊行を言己念し、3人によるトークイベントが開かれた。
 白川さんは4月、群馬県立近代美術館高崎市)で「朝鮮人強制連行追悼碑」をモチーフとした作品の展示を予定していたが、碑の存廃をめぐつて県が係争中であることを理由に、館側の指導で撤去された。
 白川さんは「こういう問題が起きると、作品を理解してくれた学芸員だけが痛めつけられてしまうので、あまり発言しないできた」とした上で、「政治的というより、彫刻や美術の問題を考えるために(作品を)出しているので、ただ外せばいいというものではない」と指摘。「美術館としての独自性を発揮することがなく、行政側でなし崩しにされている状況には問題がある」と訴えかけた。