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警官制圧死訴訟 最高裁映像提出「認めず」

  f:id:a-tabikarasu:20170729164151j:plain 1面/2017.7.29

こちら特報部/警官制圧死訴訟 最高裁映像提出「認めず」/26面

 警察官に取り押さえられた際に死亡した男性の遺族が、事件そのものを撮影したテレビ局の取材映像を民事裁判で証拠として求めたところ、司法は「報道の自由が侵害される恐れがある」と退けた。報道の自由はもちろん譲れないが、何とか遺族に寄り添う方法はないものか…。(池田悌一)

報道の自由」譲れないが…
 鹿児島市の男性=当時(42)=が、けんかの通報で駆け付けた警察官に取り押さえられ、低酸素脳症で亡くなったのは2013年だ。警察官2人が業務上過失致死罪に問われ、鹿児島地裁は15年、罰金30万円の判決を言い渡した。
 実は事件発生時、テレビ局がドキュメンタリー番組の制作で警察官に同行取材しており、一部始終を撮影していた。実際に放映はされなかったが、鹿児島県警が映像を差し押さえ、鹿児島地検で保管していた。しかし刑事裁判では証拠として出されなかった。
 初公判前、遺族とともに地検で映像を見た下之薗優貴弁護士は「警察官4人に組み伏せられた男性は、『助けて』『死ぬ!』と悲鳴を上げ、警察官が『黙れ』と怒号を浴びせていた。でも刑事裁判ではそのやりとりが認定されず、罰金刑にとどまった」と振り返る。
 そこで遺族は県に約9000万円の損害賠償を求める訴訟を地裁に起こし、映像の提出も要求。地裁は昨年12月、「高い証拠価値があり、報道の自由やテレビ局の利益を優越する」と地検に提出を命じた。
 だが、検察側の即時抗告を受けた福岡高裁宮崎支部は今年2月、「映像を提出した場合、報道の自由や当事者以外のプライバシーが侵害される恐れが高い」と地裁決定を取り消した。最高裁第二小法廷も今月25日付で、遺族側の特別抗告を棄却。損害賠償訴訟は映像記録なしに、地裁で審理されることが確定した。
 なぜ司法の判断は割れたのか。最高裁は1969年、学生と機動隊が衝突した「博多駅事件」の決定で、映像の提出をテレビ局に命じた一審判決を容認しながらも、「報道機関の不利益が必要限度を超えないよう配慮されなければならない」と付言した。
 裁判官の解釈次第で判断が分かれる流れができたわけだが、その後もリクルート事件では検察側が押収したテレビ局の贈賄申し込み映像が証拠採用され、和歌山の毒物カレー事件でも、検察側が編集したテレビ映像が証拠として認められた。愛知県で2007年にあった立てこもり事件では、名古屋地裁が番組録画を証拠採用したことに民放連が抗議したが、いまだ「報道の自由の侵害」は続く。
 上智大の田島泰彦教授(メディア法)は「取材映像は報道のために撮影されたものだ。目的外使用は報道の自由の根幹にかかわることで、公権力の介入によって強いるようなことは許されない」と断じる。
 報道倫理に詳しいジャーナリストの春名幹男氏も「取材映像が裁判に利用されれば、取材の協力が得られにくくなるし、プライバシー侵害にもつながる。安易に証拠提出されることが一般化すれば、議道の自由が著しく侵害される」と警戒する。
 とはいえ、両氏とも今回のケースについては「例外的に証拠と認めてもいい事案だ」と理解を示す。
 田島教授は「警察官の職務に絡み、市民が命を落とした。遺族が真相究明には映像が不可欠だと考えているのなら、司法は寄り添うべきではないか。過去のケースを見ると、捜査機関の証拠申請はたびたび認めている。司法はどこを向いているのか」と強調する。
 春名氏も「もっと遣族の利益を検討すべきだった」と指摘した上で、メディアにも注文を付ける。「本来は法廷外で、テレビ局が遺族側に自主的に映像を提供すれば済んだ話だ。テレビ局は警察や検察に配慮して提供を控えたのかもしれないが、報道機関の存在意義は弱い人の立場に立つことではないか」