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連載/藤井聡太を生んだもの12 ふみもと教室6

 f:id:a-tabikarasu:20171019091337j:plain 6面/2017.10.19

藤井聡太を生んだもの12 岡村淳司/6面

ふみもと教室6 合宿で仲間と楽しく
 藤丼聡太(15)が通った愛知県瀬戸市の「ふみもと子供将棋教室」には、学校の春、夏、冬休みに合わせて年3回、大きなイベントがある。愛知県森林公園のアットホームなホテルで行う1泊2日の合宿だ。教室から数キロしか離れていない会場に赴く小さな旅。でも、子どもらにとっては胸を躍らせるひとときだ。
 スケジュールはこんな感じだ。初日の正午過ぎに教室に集合し、送迎バスで会場の「さもと館」へ。午後1時から3時間、大量のプリントでひたすら詰め将棋を解く。入浴と夕食を済ませ、同6時から「次の一手問題」など。簡単なレクリエーションで頭をほぐし、同10時ごろ大部屋で雑魚寝する。2日目は実戦が中心だ。朝食後、リーグ戦形式の早指し対局を10回ほどこなす。終われば屋外でサッカーやスイカ割りをし、昼食にカレーライス。最後にリーグ戦と詰め将棋の成績優秀者を表彰し、まる24時間の合宿が終わる。
 昔は2泊3日だったが、皆が疲れ切ってしまうので短くした。それを聞いた聡太は、「2泊3日でやって」としきりにせがんだという。聡太が幼稚園児の頃は外泊させるのが心配で、母の裕子(47)が夜なかに迎えに来た。「本人はずっと詰め将棋を解いていたみたいで『お母さん、もう頭が割れそう』って悲鳴を上げてました」と裕子は懐かしむ。
 充実した内容が好評で、教室外から参加する子もいた。後に女流棋士になる中澤沙耶(21)もその一人だ。早くから新聞に載っていた聡太は、同ホテルではすでに有名人。記事を切り抜いて皆で応援していた。経営者の成瀬茂行は、かわいい生徒らが来るのを毎度楽しみにしていたという。その茂行は今年5月、89歳で急逝。妻の静子(84)は「先生の指導が良いから、みんなすごく行儀が良くてね。自分の知らないこんな世界があるんだと思いました。主人は亡くなるまで現役で、聡太君の活躍を喜んでましたよ」と話す。
 普段の教室でも、終わりのあいさつをした後は皆でトランプやプロレスごっこをした。ヒット曲「明日があるさ」のメロディーに歌詞をつけた「教室の歌」を合唱したり、「僕と将棋」をテーマにした文集を作ったりもした。生徒たちは教室で真剣に将棋を学んだ。でも、時には無邪気に羽目を外し、ドタバタ騒ぎを繰り広げた。
 「いろいろなことをやらせて、結構ゆとりがある教室だったと思います」と文本力雄(62)。聡太はここで、かけがえのない仲間と楽しい思い出をたくさんつくったことだろう。集合写真の真ん中で浮かべる満面の笑みが、その証だ。(敬称略)

 

<ブログコメント>プロ棋士となってから、連勝記録で話題を集めた中学3年生の藤井聡太4段。その生い立ちを取材した記事が掲載されています。連載12回目で、幼稚園児のころから通った近所の「ふみもと子供将棋教室」の6回目。東京新聞の親会社は名古屋に本社がある中日新聞。名古屋近郊の瀬戸市に住む藤井聡太棋士への取材は得意とするところ、いわば地元ネタです。