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伊藤比呂美の万事OK よろず相談「娘の苦悩」

 f:id:a-tabikarasu:20171031082531j:plain 25面/2017.10.31

伊藤比呂美の万事OK よろず相談「娘の苦悩」/25面

娘の苦悩つらすぎる
Q 娘は小学生のころから不登校ぎみで、中学校では特別支援学級に通いました。この春高校に入学したものの、すぐに行かなくなりました。夫は自分の価値観を押し付け、夫婦で娘のことを考えられません。娘はリストカットまがいのことをし、心配で夜も眠れません。頼れる身内もなく、人に話すと私が甘やかしているからだと言われます。(50代女性)

顔をそむけずに話をよく聞く
A いいですか。これからあたしが言うことはあなたに対する批判じゃありません。あたしはあなたに共感しながら隣に座って話していると思ってくださいね。リストカットは、親から見るとコワくて気味の悪いくせですが、実はたいていの場合、それでストレスを放出させてるのです。たいして痛くもありません。大げさに対応せず、平然と見守る方がいいとあたしは思っています。
 お手紙の中にこんな一文がありました(相談文には割愛)。
「受験すると決めたのはみんなと同じ体験をしてほしいとの思いでした」
 これはあなたの気持ちで娘の気持ちじゃない。困り果てた母の気持ちが、娘の気持ちを置いて先走っています。ここは意識して一歩後ろへ下がって、娘が何を考えているのか考えてみてください。
 いや、もう考えてる、考えすぎていっぱいいっぱいよ―とあなたは叫びたいだろうなと思いますが。子どもの苦を前にすると、親はほんとに無力で非力。悲しいくらい。でもおうおうにして、親は見ているつもりで見てなかったりするんです。目の前で苦しむ子の苦しみを見たくなくて、つい顔をそむけてしまうのも親心…。
 親にしかできないことは、この子をじっくり見て話を聞いてやることだと思います。娘が何をしたいか、娘が何がつらいか、娘が何を苦しがっているか。つらくて苦しくて悲しいことはまちがいがないです。親だってものすごく苦しいですが、娘は本人ですからそれ以上のはず。
 こどもが泣いてれば、どうしたのと腰をかがめて向こうの目の高さにこっちの目を持ってきて、抱きしめながら、あるいはなでながら、話をきいてやるのが、小さかった頃の母親でした。今もそれをしたらいいんですよ。
 基本はこうです。娘の話をよくよく聞く。甘やかしたっていい。でも親の意見は極力言わない。不登校については焦らない。でも娘の態度がむかついたらその場で怒る。母の態度はずっと同じでブレのないようにするわけです。
 学校に行くか行かないか、実はただの人生の通過点で、たいしたことじゃないのです。いちばん大切なのは、何十年も後、おとなになったどこかの時点で、娘がどんな生き方をしていようと、ふとこう思う、「わたしのおかあさんはわたしをわかってくれた」。こう思えるなら、それがどれだけこの子を、人間として救うかということ。(詩人・伊藤比呂美、イラストも)

 

<ブログコメント>生活面に連載されるよろず相談「伊藤比呂美の万事OK」を紹介します。今回は不登校の娘さんの相談。伊藤比呂美さん、昔、『良いおっぱい、悪いおっぱい』という本が出たとき、おもしろいタイトルの本を出す人だなと思ったこと、覚えています。最近の著作は『閉経記』、『切腹考』など。さて、東京新聞のよろず相談。世間体に流されず、いい人ぶらず、質問者の真意とま正面から向き合い、全力で応えていく。伊藤比呂美の面目躍如(めんもくやくじょ)です。