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米社会の分断と対立映す「ロシアゲート」深刻化

 f:id:a-tabikarasu:20171122092355j:plain 6面/2017.11.22

社会時評/「ロシアゲート」深刻化 米社会の分断と対立映す 吉見俊哉/6面

 米ハーバード大学で約1年間教えるため9月初めにボストンに来てから約2カ月がたった。ここ数力月、米国社会は混乱そのものである。バージニア州での白人至上主義者と反対派の衝突、プエルトリコのハリケーン災害、ラスベガスの大量殺人、カリフォルニアの大火事、それに北朝鮮危機と続き、多くでトランプ政権の対応の拙さが目立つ。加えて大統領の言動が日々物議を醸すので、人々はすっかり嫌気がさしている。
 こうした中でも深刻化しているのは「ロシアゲート」である。すでにトランプ陣営の元選挙対策本部長らが、ウクライナの親ロシア派のマネーロンダリング資金洗浄)に関与して数1000万ドルの報酬を受けたとして起訴された。最近、商務長官もタックスヘイブン租税回避地)にある法人を介してプーチン大統領に近いロシアのガス会社と取引し、巨利を得ていたことがわかった。
 問われているのは、トランプ政権とロシア政財界の癒着だけではない。いっそう問題なのは、ロシアの諜報(ちょうほう)工作と昨年の大統領選の関係である。逮捕された同陣営の元外交顧問が明かしたのは、大統領選挙中、陣営幹部がプーチン大統領に近いとされたロシア人と接触していたことだった。この接触を通じ、トランプ側はロシアから秘密情報を得、ロシア側にクリントン候補に不利な情報を流すよう促したのではないかと疑われている。ワシントン・ポスト紙によれば、大統領自身も罪を犯した可能性が高いと考えている人が約半数に上る。
 昨年のテレビ討論で、トランプ候補はクリントン候補の電子メールに関する秘密を握っていることを執拗(しつよう)にほのめかしていた。こうした言動と、ロシアがハッキングで秘密情報を得ていたことは奇しくも対応する。
 2016年米大統領選でのトランプ大統領誕生は、プーチン指揮下のロシアの諜報戦略により周到に支援されていたー。これだけでも事実なら十分にスキャングラスだが、さらに深刻なのは、このロシアの諜報上の成功が、今日のインターネットの構造に支えられていたことだ。
 フェイスブック社が検証したところでは、ロシア政府系企業が過去3年間に投稿した情報は8万件に上り、大統領選前後、ロシアの関与が疑われる3000件以上の広告で分断と対立が煽(あお)られていたようだ。同様の動きがツイッターやグーグルでも確認されており、「ヒラリー・クリントンが人身売買に関与」「ローマ法王がトランプを支持」といった偽ニュースは、マケドニアの貧しい若者の仕業だけではなかった可能性がある。
 これは陰謀うずまく冷戦の再来なのか―。そうではない、と私は思う。誰もが発信者になれるインターネットは、その匿名性によリマケドニアの若者からロシアの諜報機関までが「普通の誰か」として参入する余地を残す。しかも、アクセスの相互性を利用して情報の受け手は自動的に分類され、当人が受け入れやすい情報だけが伝えられるから、偽ニュースはなかなか見破られない。
 だが、まさにそうした仕組みであるが故に、これら怪しげな発信者からの情報が築き上げるのは、その受信者が願望する世界である。だからそれは、プロパガンダよりもファンタジーに近い。コンピュータのアルゴリズムにより仕分けられた人々は、それぞれが自分の「真実」の壁を補強する情報を求めていく。こうして対話は失われ、自画自賛する言葉しか持たぬ大統領が出現するのだ。
 トランプ政権を窮地に立たせる「ロシアゲート」は、今日の米国資本主義が少数の富める者が支配する寡頭制と化し、実は中口の権威主義的な体制と似てきていることと、ネット社会が当初の期待とは逆に、個を分断し、かつて大衆社会論が想定したような操作可能な存在にする仕掛けになっていることの両方を露呈させている。これに対抗するには、もちろん情報の徹底した公開と人々の連帯を通じてネット社会自体を作り替えていくこと。これしかない。 (よしみ・しゅんや=ハーバード大客員教授