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皇位継承の儀式 大がかりな行事は明治から

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こちら特報部皇位継承の儀式 本格議論へ/22、23面

復古の声 狙いは… 戦前回帰見え隠れ
 天皇陛下の退位日程が固まり、皇位継承の儀式をめぐる議論がいよいよ本格化する。服喪期間がないため、簡略化されるはずだが、真逆の動きもある。儀式の肥大化を求める人々がうたうのは「復古」。しかも戦前の大々的な代替わりに回帰しろとの主張らしい。だが、皇室の長い歴史からみれば天皇の神格化を進めた「明治」はむしろ異質。「平成流」の代替わり議論の行方はー。(加藤裕治、大村歩)

保守系から「簡略化反対」
 <略>
 1日の皇室会議で、2019年4月30日に天皇陛下の退位と、翌5月1日の新天皇陛下の即位が決まった。日本国憲法の下で初めての代替わりとなった1989年からの行事を参考に、これから次の即位関連儀式をどう執り行うかが議論されることになる。
 この議論に先立って、<日本会議の大会で作家の>竹田<恒泰>氏が特に強調したのが大嘗祭(だいじょうさい)のあり方だ。
 天皇陛下が新穀を神にささげ、自分も食べる新嘗祭(にいなめさい)のうち、即位後に初めて行うもの。皇位継承の重要な儀式とされる。
 だが、大嘗祭は宗教性が強く、国費でまかなっていいか議論になった。前回は大嘗宮を建てて儀式をし、国事行為ではないものの皇室の公的な行事として国費を支出。各地で「政教分離に反する」と訴訟が起きたが、裁判所はいずれも訴えを退けた。 一連の即位の儀式は警備費用も含めて総額122億円がかかっている。
 ちなみに竹田氏のスピーチは大嘗祭で使う「麁服(あらたえ)」に及ぶ。麻の織物で、平安時代の法令「延喜式」で、徳島県の人たちが献上すると定めている。「麁服を納めるために一族が存在するという一家が、(平成の時は)麻を栽培し、文献を調べ、お年寄りにも(作り方を)聞いた。麁服がないと半人前の天皇にしかなれない。絶やしてはならない」とアピール。ただ、麁服の献上は南北朝の時代に途切れ、大正の大礼で復活したとされる。
 日本会議の大会で喝采を浴びた「復古」のスピーチに違和感はぬぐえない。
 というのも、竹田氏は明言こそしていないが「戦前で絶やされたものがある」と話したり、大正天皇陵と昭和天皇陵の大きさを比較したりしており、どうやら「復古」の時期を明治以降の「戦前」と目しているらしいからだ。
 「天皇家の財布」を書いた森暢平・成城大学教授(ジャーナリズム論)は「そもそも京都で執り行った昭和3年即位の礼は、祭礼服は洋装だった。国威発揚の狙いが感じられる。これまでの行事も時代に即して行われてきた」と説明する。

大がかりな行事は明治からの「伝統」「国民の共感得られる形に」
 <略>
 実際、鎌倉時代以降の武家政権体制が定着する以前はともかく、天皇即位の礼大嘗祭が大々的に行われるようになったのは、それほど昔のことではない。
 宗教評論家で「天皇家のお葬式」の著書がある大角(おおかど)修氏は「天皇家の祭祀(さいし)はその時代、時代に合わせて変わってきた歴史がある」と強調する。
 葬儀に関しては、平安中期から江戸中期までは火葬だったし、仏式で葬儀が行われていた。後水尾天皇以降の江戸期の天皇は、皇室の菩提寺(ぼだいじ)とされる京都・泉涌寺(せんにゅうじ)で埋葬されてきており、巨大な墳墓が造られたりはしなかった。大嘗祭は、江戸時代中期から復活したが、それまでは行われないこともしばしばあり、必ず行われるようになったのは明治時代からだという。
 大角氏は江戸期までの天皇明治天皇以降は、天皇という存在のあり方が全く変わったと指摘。「西洋列強に伍していくために、万世一系天皇を日本のアイデンティティーを広めようと、皇室の祭祀も壮大なものとされた。いわば作られた『伝統』であり、伝統に復古せよというなら、どこまでさかのぼるのかという問題になる」と話す。
 儀式の肥大化には異論も多い。
 神奈川大の中島三千男元学長(日本近現代思想史)は「現天皇は現憲法によって立っており本人もそれを言明している。国民主権のもとでの天皇であり、神権的天皇制が否定され政教分離憲法で規定された中での天皇だ。先例に従うべきだという声が多いが変えるべきところは変え、象徴天皇制にふさわしい儀式とすべきだ」と、「復古」のかけ声を疑問視する。
 放送大の原武史教授(日本政治思想史)は、新嘗祭が皇室の私的支出にあたる内廷費で賄われていることから、即位後初の新嘗祭に当たる大嘗祭も、公費で行うのはおかしいとみる。ただ「新嘗祭にも三権の長が出席するなどしており、純粋に私的行事と言えるか問題がある。大嘗祭だけでなく宮中祭祀全般をどうとらえるのか。きわめてあいまいな領域だ」と指摘する。
 その上で、日本会議の言う「復古」について「復古というがほとんどの宮中祭祀明治天皇以降に作られて、戦後になってもほとんど変わることなく温存されている。日本会議の言っている復古というのは、どういう趣旨なのか。戦前に戻せというなら大正、昭和天皇のように、旧皇室典範に基づき、即位の礼大嘗祭も京都で行うということになる」と話す。
 こうした「復古主張」に、前出の中島元学長は、国民主権政教分離といった原則に対する国民の考え方が平成への代替わりの時とは大きく変わっていることを不安視する。「当時は社会党衆院選で大勝した直後で、そうした原則を守らなければという世論があった。即位の礼で当時の海部俊樹首相が、臣下として庭からの万歳三唱を求められたのを断ったりするなど、自民党の首相でさえそういう考え方だった」
 しかし、現在は改憲に意欲を燃やす安倍晋三首相下で、国会は改憲勢力が3分の2を占める。「この状況下では大嘗祭即位の礼の一環として、国事行為として行うべきだという声が上がってきてもおかしくない。特に日本人は、お祝い事の際にもめるべきではないという雰囲気に流されがちなので危ないのではないか」

東京新聞デスクメモ/前回の即位の礼で行われた海部首相の万歳三唱も、そもそも明治以前にはないお作法。さすがに各国の参列者には強制しなかったが、海外メディアからは皮肉られた。大時代的な前回の儀式には見直すべきところは多々ある。「平成流」の儀式はオープンな議論で探りたい。 (洋)