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ドナルド・キーンの東京下町日記 お互いさま文化の危機

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ドナルド・キーンの東京下町日記 お互いさま文化の危機/2面

 行きつけのスーパーで、思いがけないプレゼントをいただいた。いつも声を掛けてくれた親切な女性店員が退職することになり、「お元気で」と、ご自分で描いた私の似顔絵を手渡してくれた。 一目で私と分かる素晴らしい似顔絵だ。こんな心遣いを受けたのは初めて。日本の良さを再認識している。
 私が、いつも感心することの一つに、日本人の教養の高さがある。しっかりとした家庭での教育や初等教育のおかげだろう。読み書きの水準は高く、誰もが詩歌を詠む。絵や書にしてもそうだ。新聞に読者の詩歌や絵が定期的に掲載されるのは日本だけかもしれない。そんな教養を背景とする「お互いさま」という共同体意識が、この社会を支えているように感じる。
 それを私が初めて体感したのは、もう60年以上も昔だ。私が、まだ米国人だった1953年8月、東京から留学先の京都大学へ向かう東海道線の車中だった。2等列車は窮屈で暑く、私は古い封筒で顔をあおいでいた。すると、前席の男性が「これを使いなさい」と扇子を差し出した。当時、私が日本人画家でただ1人知っていた横山大観の絵が描かれた扇子だった。
 ありがたく拝借して、涼を取った。別れる時に返そうとしたが「持って行け」と聞かない。まだ戦争の傷痕が残る時代の思いやりに「この国なら、留学生活はうまくいきそうだ」と心弾んだものだった。
 留学中にはこんなこともあった。月夜に下宿近くの竜安寺に出かけ、石庭を見ていた時だった。傍らでかすかな音がした。住職の奥さんが、 一服の茶を置いていったのだった。
 奈良の室生寺で雨に降られた折には、知らないおばあさんが傘を貸してくれた。「返せないかもしれないから」と遠慮すると「それでもいいから」。ささいなことかもしれないが、とてもうれしかった。
 あの時代と比べると、日本は豊かになり、物にあふれるようになった。日本人は依然として教養高く、親切ではある。だが、社会に変化を感じるのだ。
 新聞を開けば、格差や子どもの貧困の記事を見ない日はない。だが、政府は大企業向けの景気対策を優先する。利己主義が幅を利かせ、IT(情報技術)長者は、効率優先で目先の利益を追いがちだ。大学でも実学系に重きが置かれ、バランスの取れた全人を育てるための教養科目は、ないがしろにされている。
 日本社会の強さは、高い教養と共同体意識のはずだ。それが、世界に誇る日本独自の文化を支えている。私は以前、「日本は文化の維持、発展を国是として、アジアのフランスを目指すべきだ」と主張していた。その思いは、ますます強くなっている。急増する外国人観光客が、どこを訪れ、何に関心を持つかを考えれば、日本に何が必要かは明らかだろう。貧しくも豊かだった日本が、豊かだが貧しい国になりやしないか、危機感を持っている。 (日本文学研究者)=編集・鈴木伸幸