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金子兜太さん死去 98歳 戦後俳壇けん引

 f:id:a-tabikarasu:20180224091000j:plain 1面/2018.2.22

金子兜太さん死去 98歳 戦後俳壇けん引/1面

「平和の俳句」選者
 現代俳句の第一人者で、本紙「平和の俳句」選者の金子兜太(かねことうた)さんが20日午後11時47分、誤嚥(ごえん)性肺炎による急性呼吸促迫症候群のために死去した。98歳。埼玉県皆野(みなの)町出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は長男真土(まつち)さん。別途、お別れの会を開く。=語録7面、いとうせいこうさん寄稿31面、社説5面
 <本文、略>

評伝/戦争体験原点 平和への執念
 「俺は150まで生きるんだ」。ついこの前まで目の前で豪語していた金子兜太さんが、98歳で逝った。俳句への情熱と平和への執念、二つの強烈な思いに貫かれた人生だった。
 俳句の原点は、故郷・秩父(埼玉県)にある。秩父音頭を今の形に整えた父伊昔紅(いせきこう)さんは医師で、水原秋桜子(しゅうおうし)と親交の深い俳人。句会で家に集う粗野な若者たちの、むき出しの「知的野生」に触れた原体験は、俳句の道へとつながった。
 旧制水戸高校で俳句を始め、東京帝国大(現東大)時代に加藤楸邨(しゅうそん)に師事。戦後「社会性俳句」「前衛俳句」の旗手となり「五七五の十七音と季語」という俳句の常識を「拘束に転化している」と批判し「(季語ではない)ドラム缶も俳句になる」と主張した。「荒凡夫(あらぼんぷ)」小林一茶が理想で、花鳥諷詠(かちょうふうえい)を超える人間くさい句を詠んだ。晩年はより自然体の作風になり、自然や鳥獣と交歓するアニミズムの境地を深めた。
 もうひとつ人生に大きな影響を与えたのは戦争体験だった。海軍主計中尉として昭和19(1944)年、西太平洋トラック島(現チューク諸島)に赴任。部下が飢えや爆撃で死んでいくさまを目の当たりにし、戦場の真実を胸に刻んだ。
 「自分の俳句が、平和のために、より良き明日のためにあることを願う」
 55年に36歳で出した最初の句集「少年」のあとがきで、金子さんはこう書いている。平和への思いは筋金入りだった。
 いとうせいこうさんとともに本紙「平和の俳句」の創設を提案し、自ら選者を務めたのも、平和への思いからだ。「詩の言葉の中に『平和」もある。これは俳句にとっては一つの黎明(れいめい)になるんじゃないか」「常識を超えないと面白くない」と、力強く話していた。
 「きれいごとを言っている人間は信用しないんだ」と言って、常に庶民の側に立った「存在者」。95歳を超えて論争し、フランス料理のフルコースを完食した強靱(きょうじん)な個性は、晩年まで輝き続けた。(加古陽治)

 

金子兜太さん語録/7面

 デパートの屋上から飛び降りるんだよ。それくらいのことをしなきゃ俳句をやってる意味がないぞ。(1969年、坪内稔典さんに)

 俳句は魔女だ。(『わが戦後俳句史』。1985年)

 存在感というのは(略)「命の気合」のようなところで感じないと、本当には感じられませんね。理屈でいくら割り切っていてもだめなんです。(いとうせいこうさんとの共著『他流試合』。2001年)

 戦争に行って、目の前で手がふっ飛んだり背中に穴が開いて死んでいく連中を見たり、いかついやつがだんだん痩せ細って仏様みたいに死んでいくのを見て、いかなる時代でもリベラルな人間でありたいと考えていた自分がいかに甘いかということを痛感した。自己反省、自己痛打が私にそういう句を作らせたと同時に、その後の生き方を支配した。(本紙のいとうせいこうさんとの対談で。2014年8月15日朝刊)

 俳句は季語がなければならないなんてことないですよ。(略)詩の言葉の中に「平和」もある。(いとうせいこうさんとの「平和の俳句」選者対談で。2015年6月26日朝刊)

 必ず時代には棄(す)てられる人がいる。詩人はそれを見てなきゃダメだ。それが見ていられないような詩人は詩人じゃない。(宇多喜代子さんとの特別対談「平和への願いと俳句」。『俳句』2015年8月号)

 私は右でも左でも、個々人の思想は大事にするべきだと思っています。でも、大きな権力に便乗して自分の鬱憤(うっぷん)を晴らそうとする人たちは許せない。(『あの夏、兵士だった私』。2016年)

 幸福が欲しかったら、日本人は理屈を捨てて、もっともっとスケベになったらいい。(同)

 戦争でたくさんの存在者がみじめに死んでいった、あれに報いたい。だから、反戦のことを繰り返して説きまくっていきたい。俳句もそういうものを作りたい。それは絶対基本です。(大峯あきらさんとの特別対談「『存在者』をめぐって」。『俳句』2016年7月号)

 お茶は飲め飲め、飲むならば。俺はお茶で長生きしてるんですよ。お茶を濁してね。(「平和の俳句」選考会で。2016年8月9日)

 短詩型文学は愚直さがつくるものである。これが基本である。同時に天才がつくるものである。中間的な連中にはろくなものはできない。(「十五年ぶりの他流試合」。2017年)


金子兜太さんが書いた「アベ政治を許さない」のメッセージを掲げる沢地久枝さんら=2015年7月8日、東京都千代田区