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私の東京物語1 「あっちが東京」 クミコ

 f:id:a-tabikarasu:20180526114039j:plain 30面/2018.5.25

私の東京物語1「あっちが東京」クミコ/30面

 荒川の土手に立つと、こっちが埼玉の川口、あっちが東京の赤羽。大きな橋を車と電車が走り、2つの街を繋(つな)いでいる。赤羽には、「セキネ」というシューマイの店があり、そこに家族3人で行くことが子供の頃の、何よりの楽しみだった。
 数年前、歌のキャンペーンに行くと、その差し入れをいただいた。「ああ、これこれ」。変わらぬうまさに目が覚めた。店自体がもうないのではと危惧していただけに、よけいにうまさが沁(し)みた。自分の大切な子供時代が、きちんと証明された気がした。
 赤羽から池袋へ。ちょっとおめかしをすると、西武デパートに出かけた。当時の池袋駅には、いつも数人の傷痍(しょうい)軍人が座っていた。この人たちを見るたびに、胸のあたりがもやもやと苦しくなる。怖くてしかたがない。吸い寄せられるように見つめる私に、手を繋いだ母親が言った。「ダメよ、そんなに見ちゃ」
 まだまだ戦争のにおいが、そこいらに残っていた。キレイとキタナイが一緒くただった。色付きの街ではなく、モノクロームの街、混沌(こんとん)のマグマが行き場を探しているような街。それが東京だった。
 赤羽も池袋も、今ではすっかり変わってしまった。時々無性に行きたくなるのは、きっと、そこに若い両親と子供の私がいるからだろう。

 クミコ/1954年、水戸市生まれ、埼玉県育ち。歌手。82年、銀座の「銀巴里」でシャンソン歌手としてプロ活動をスタート。2010年「INORI~祈り~」で第61回NHK紅白歌合戦に初出場。