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「残るのは真実か 公文書か」 石原昌家

 f:id:a-tabikarasu:20180620135224j:plain サンデー版/2018.6.17

変質する沖縄戦 「残るのは真実か 公文書か」石原昌家/サンデー版1・8面

 沖縄戦を生きのびた多くの住民は、奇跡の連続の体験を「針の穴をくぐってきた」と表現していますしかし戦後、日本政府は住民の戦争被害の体験を、「真実」と異なる体験として記録して、現在に至っています。
 例えば、激戦場で「(避難していた壕から)日本軍に追い出されて死傷した」と多くの住民がありのままの体験を証言しています。しかし、日本軍の命令により、「壕の提供」をして死んだということにすると、政府から戦闘に協力した「戦闘参加者」として認定されます。そして、兵士同様に国のために死んだものとして、遺族に「経済的援助」として遺族年金、弔慰金などを支給し、「精神的な癒やし」として靖国神社合祀(ごうし)が行われました。それは軍人、軍属などを対象とした「戦傷病者戦没者遺族等援護法」という法律を、日本政府が沖縄戦の被害住民にも適用していったことによるものでした。
 住民への拡大適用にあたり、政府は住民の沖縄戦体験を「弾薬輸送」「集団自決」「食糧供出」など20ケースの「戦闘参加者(概況表)」にまとめました。そして乳幼児から年寄りにいたる被害住民が、その20ケースのどれかにあてはまると、「戦闘参加者」として認定する仕組みをつくりました。その結果、戦争体験の「書き換え」「捏造(ねつぞう)」を招く事態となったのです。
 そう遠くない将来、沖縄戦の生存者がいなくなる時が訪れるでしょう。そして住民が積極的に戦闘協力したという、膨大な公文書が残ることになります。そこには住民の押印もあります。やがて日本軍に住民が殺害されたり、死に追い込まれたりしたという沖縄戦の「真実」はなかったことになりかねません。教科書の記述をとおして、沖縄戦で住民が勇敢に戦ったと強調される今、沖縄住民が日本国民の「手本」として使われる懸念さえ現実のものになってきています。 (いしはら・まさいえ/沖縄国際大学名誉教授)