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「子どもの人権を守ってこそ教育」木村草太

 f:id:a-tabikarasu:20180630142452j:plain 22面/2018.6.30

あの人に迫る「子どもの人権を守ってこそ教育」木村草太/22面

 憲法学者の木村草太・首都大学東京教授が編者の「子どもの人権を守るために」(晶文社)が出版された。日本大のアメリカンフットボール部のような支配的な指導、運動会の危険な競技…。学校では子どもの管理優先で、教育という名の下に人権が侵害されていないかと問い掛ける。(細川暁子)

・「子どもの人権ー」を出版したきっかけは。
 二人の子どもの父親として子育てをしている中で、「子どもの人権は守られているのか」と心配になったことが理由の一つ。
 例えば、組み体操や騎馬戦など非常に危険なことが学校の運動会で行われたとしても、子どもは「私は危険なのでやりません」と言えません。学習指導要領では必須とされていないのだから、本来は強制ではなく、やりたい人だけがやる任意参加にするべきです。
 <略>

・最近の調査では、校則で下着の色を指定する学校があるそうです。
 下着の色を指定しているということは、違反していないかチェックすることを前提にしているのでしょうが、それは明らかに人権侵害です。それについて嫌な思いをした人がいるなら、裁判で訴えてほしい。「下着チェックは人権侵害で違法だという判決が一つ出れば、学校現場は変わる。嫌だと思いつつも何も行動を起こさなければ、「裁判すら起こしていないのだから、たいした被害ではない」と認識されてしまいます。
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・理不尽な指導で子どもが死に追い詰められる「指導死」や、教師が生徒を殴っても「体罰」として刑事責任を問わないなど、教師のハラスメントが深刻です
 学校の中では、法が機能しておらず、教師が法を無視した際の制裁も弱すぎる。例えば塾や自動車教習所の先生が生徒を殴れば逮捕されるし、生徒は先生が嫌いならやめることができる。でも、子どもは学校をやめられず、逃げ場がない。学校は評価権を持っているから、学校に抗議すれば、子どもの内申点に影響が出るかもしれない。入試でも不利益があるかもしれない。そういう権力構造があることを教師が自覚することから、人権問題は出発する。
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・一方で、学校の問題としては、教師の過酷な労働実態もクローズアップされています。
 学校は授業だけでなく生活指導や、部活指導によるスポーツ振興や文化振興まで担っている。もともと無理があるシステムだ。学校機能を分化する必要があるのでは。
 生活指導と教育を一人の先生に同時に課すのは負担が大きい。授業の邪魔をする子どもがいても、教師は追い出すことはできない。教師が教科指導に集中できるように、学校秩序を維持するための生活指導は、専門の指導者を置いた方がいい。生活指導と教育が分かれていないと、混線が起きてしまい学力も正しく評価できない。教師は内申書の評価によって生徒の生活をコントロールしようとすることがあり得るが、本来「忘れ物が多いから国語の成績を下げる」というようなことはおかしい。

・道徳が今春から小学校で、来春からは中学校で正式な教科となります。子どもに価値観を押し付ける危険性はないでしょうか。
 道徳的価値観は人によって異なり、正解はない。しかし、権力関係においては、強い側の価値観が押し付けられる可能性がある。権力者とは、学校であれば教師であり、国家全体で見れば政府です。
 学校では道徳より、法学を教えることが大切だと思う。法は、この社会に生きる人であれば、絶対に守らなくてはならない国家のベースライン。法の定める人権・権利を守ることは最優先の課題だ。そのベースラインを尊重した上で、伝統を守ったり個人の価値観を実現したりするのだと子どもに教える必要がある。
 また善悪の判断だけを教えても悪は止められない。例えばいじめの教育は、「いじめてはいけない」ということを教えるだけでなく、いじめにあった場合には「どこに通報すればいいのか」、「誰が自分の利益を守ってくれるのか」などを、実践的に教えていく必要がある。
 一方で10歳ごろからは学校で「このラインを超えたら、警察に通報しなければならない」ということ、暴言は名誉毀損(きそん)、暴力は暴行・傷害という犯罪であり、賠償責任を負うこともあるということも教えた方がいい。そう教えていくことで「いじめ」という軽い言葉で捉えられがちだという現象も変わるのではないか。
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<きむら・そうた> 首都大学東京法学系教授。1980年横浜市生まれ。中学時代に大きな活字で条文が書かれた「日本国憲法」(小学館)を読んで感銘を受け、法律家になることを決意。東京大法学部に入学し、2003年に卒業、同大大学院法学政治学研究科助手に。助手論文をまとめた「平等なき平等条項論」は書籍化された。
 06年に26歳で首都大学東京の准教授に就任。15年には衆議院の中央公聴会で、集団的自衛権違憲性を指摘した。著書に「憲法の創造力」(NHK出版新書)、「憲法という希望」(講談社現代新書)、「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」「自衛隊憲法」(ともに晶文社)など多数。