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日航機墜落33年 書類送検16人供述判明

 f:id:a-tabikarasu:20180812092657j:plain 1面/2018.8.12

日航機墜落33年 書類送検16人供述判明/1面

 520人の犠牲者を出した1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故で、群馬県警が業務上過失致死容疑で書類送検した20人のうち、ボーイング社の4人を除く日本航空運輸省(現・国土交通省)の16人の供述の全容が11日、明らかになった。「ボ社に任せた」とする責任回避の姿勢が目立ち、整備で入念に指示すれば「事故を防げた」との複数の供述が存在していた。=関係者供述要旨24面

 事故は12日で発生から33年で、今年12月で送検から30年。ボ社側が事情聴取を拒否したまま、20人は不起訴となっており、16人全員の供述全容が判明したのは初めて。
 事故の第1原因は、78年の尻もち事故後、ボ社が後部圧力隔壁を修理した際のミス。県警はボ社のほか、ミスを見逃したとして、日航の「領収検査」と定例整備の担当者12人、運輸省検査官4人を送検した。
 関係者によると、領収検査を担当した当時の検査部長は調べに対し、①ボ社に任せれば安心、②担当部がすぐ行ける東京でやる安心感、③できる限り早くやれ―という背景があったと説明。「責任を感じるが、検査課長を信頼し、任せていた」と供述した。
 これに対し、検査課長は「技術部がやってくれると判断した。検査部長は何もしなくてよいと言った。ボ社を信頼した」と供述。「義務を果たしたが、内容的に足りなかっただけだ」と主張した。
 一方、技術部機体技術課長は「主管は検査部で、協議調整を受けておらず、責任は負わない」と強調。「ミス防止を考えることに無理がある」とも述べていた。ある運輸省検査官は「国の検査は2次的、後見的」と主張。ただ、別の検査官は「国の検査は最後の砦(とりで)。道義的責任は感じている」とも話していた。
 墜落前年11~12月に定例整備をした日航の整備主任は、修理機との指示はなかったとした上で、「広範囲で、嫌な仕事を与えられたという意識で、ザーッと見る怠慢な検査をした」と述べた。
 上司ら5人は「事故機と気付かなかったが、修理した機だからよく見てくれと指示し、確実に検査すれば、事故は防止できた」「修理したことは頭にあったが、通常と同じ指示を与えただけ。指示していれば、事故は防げたと思う」などとする同様の見解を述べた。

予見可能性 起訴すべきだった」/遺族組織「8・12連絡協議会」顧問の海渡雄一弁護士の話
 供述調書を見たことはないし、1人1人の供述も聞いたことがない。全容が明らかになったのは画期的だ。予見可能性をうかがわせる供述もあり、重要だ。この供述を見ても、検察審査会が不起訴相当と議決した2人について、検察は起訴すべきだった。
略>
 日航機墜落事故も関係者を起訴し、裁判所で審理すべきだった。個人の責任追及はできなくても、(供述の報道で)何が起きたかを明らかにする意味は大きい。

 

<ブログコメント>上の政府公式見解(事故調査委員会発表の事故原因/圧力隔壁の修理ミス)とは真逆の真相解明に挑んだ本を紹介します。昨年8月に出版され、話題になった本です。著者は日航の元スチュワーデス(客室乗務員)です。にわかには信じがたい推論ですが、著者の指摘する目撃証言が事実だとすると、日航機墜落事故への疑問は増すばかりです。
→「日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る」青山透子著/河出書房新社

 次のリンク記事は、現場に駆けつけた元カメラマン、元新聞記者、元運輸省事故調査委員会首席調査官の3人の対談。事故調査委員会は、圧力隔壁の修理ミスが事故原因と結論づけていますが、日航の乗員組合連絡協議会は「(圧力隔壁破壊による)急減圧はなかった」と反論。第三者による事故調査委員会の設置を求めています。

追記>事故から10年後の1995年には、在日米軍中尉が事故直後のようすについて証言しています。ちなみに群馬県上空は、事故当時も今も米軍の横田空域(米軍の管理空域)です。事故調査委の報告書は、圧力隔壁破壊のメカニズム解明には熱心ですが、都合の悪い証言、データには答えていません。

 1995年平成7年)8月、当時123便を捜索したロッキードC-130輸送機に搭乗していた元在日米軍中尉が、事故直後に厚木基地アメリカ海兵隊(のちに座間アメリカ陸軍と訂正)救難ヘリを現場へ誘導したが、救助開始寸前に中止を命じられ、またその事実も他言しないよう上官から命令されたと証言した[22]
 生存者の証言によると、墜落直後の現場にヘリコプターが接近したが、やがて遠ざかっていったという[14]。また、報道機関としては事故現場を最も早く発見した朝日新聞社のヘリは、現場を超低空で飛行するヘリを目撃している[17]。マスコミ各社は「日本側がアメリカ軍の救助協力を断った[23]」などと報道し、救難体制の不備や関係当局の姿勢に対する批判が高まった[24][25]
ウィキペディアから抜粋)