今日の東京新聞

購読している東京新聞の記事を紹介します。読者の応援ブログです。

空気を読まない生き方 対談/鴻上尚史・村田沙耶香

 f:id:a-tabikarasu:20180816132952j:plain 1面/2018.8.16

平成最後の戦没者追悼式/1面

 終戦から73年となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区日本武道館で開かれた。天皇陛下が来年4月末に退位されるため、平成最後の追悼式になった。全国から集まった約5200人の戦没者遺族が参列、先の大戦で犠牲になった310万人を悼み、平和への誓いを新たにした。

 

 f:id:a-tabikarasu:20180816142202j:plain 6面/2018.8.16

空気を読まない生き方 対談・中/鴻上尚史(作家演出家)・村田沙耶香(作家)/6面

村田「息苦しくて死も考えた」 鴻上「いじめは逃げろが浸透」
 鴻上 <略>僕はよく「こんなに便利でこんなに息苦しい国はない」という言い方をします。村田さんは、これまで生きてきた中で息苦しさを感じてきましたか。
 村田 子供のころは、場の空気を乱さないためにはどうすればいいかを常に考えていました。攻撃されて自分の心が回復不可能に傷つけられることが、怖かったんでしょうね。特に中学校のころは、本当に息苦しかったです。信じられる、相談できる大人は誰もいなくて。中学生ってわりとそうだと思いますけれど、死のうと思ってました。
 鴻上 うん、うん。サラッと言ったけど(笑)。僕も死のうとは思ってたけど、たぶんクラスで少数だと思うよ。普通に死のうと思ってる人は。
 村田 中学3年生のときに一番死にたかったんです。卒業式の1週間後あたりを死ぬ日と決めて、あと100日、あと99日、ってカレンダーを塗りつぶしていって。
 鴻上 どうして、カウントダウンゼロに行くのをやめたの?
 村田 はい、ゼロに行ったら死んじゃうから。卒業式さえ乗り越えればと自分で自分をだまして、あと80日、あと79日って…。中学校の人が誰も行かない高校を受験して、合格して、卒業式が終わったらそのカレンダーを捨てて、それで生き延びました。すっごく良いアイデアだなって思って広めようと思ったんですけど、あまリニーズがないみたいで…。
 鴻上 はは(笑)。でも高校になってからは楽になったんですか?
 村田 すごい楽になって。みんな優しくて、すごいしゃべってくれるし、田舎でほのぼのとした高校で。席替えが怖くないってこういう感じかって、初めて分かりました。
 鴻上 だって村田さんの小説『しろいろの街の、その骨の体温の』の席替えの描写とかリアルですよね! 僕も中学校2、3年のころがつらくて凶悪な顔をしていた。その時は安部公房が好きで。大江健三郎が好きなやつを見つけた。いろいろしゃべれる相手がいたから随分気持ちが楽になったりしました。
 村田 高校、大学と進むと世界が広がって、楽になりますよね。
 <略>
 村田 中学校のとき、教室で何となく笑われたり、からかわれたりしていた子を、私は怖くて安全な場所で見過ごしてしまいました。自分の汚さを今も忘れられないし、その罪は一生背負っていこうと思います。
 私は特にいじめられていたわけではないですが、グループから弾(はじ)かれてしまい、その時に死のうと思ったんです。違うグループに入れてもらえましたが、逃げられる場所は死だけだと思った。私にひどいことをした人を告発するには、死ぬしかないとも思いました。
 死ななかったのは、カレンダーの日付を消しながら生きたおかげでもあるんですが、相手を告発してもその子は笑うだけだと感じて無駄だと思い直したからです。
 鴻上 いじめについては2006年に新聞に「いじめられている君へ 死なないで 逃げて逃げて」というメッセージを書きました。その当時の反応は賛否半々で「逃げろなんてなにごとか」「闘え、ってなぜ大人なのに言わないんだ」と大真面目に反論してきた人たちがいた。だいたい男性の、功成り名を遂げた人とか、(精神的に)マッチョな人だった。お母さん側からは「よく逃げろって言ってくれました」と。
 <略>
 村田 私もやっぱり逃げてほしいと思います。逃げるには大人の手が必要なときもあるので、SOSを出す必要がありますね。
 私は当時、「いのちの電話」にも掛けましたが、うまく状況を説明できなかった。性的な目的の男性ならうそでも優しくしてくれると思って、テレクラにも電話しました。私はたまたま無事でしたが、とても危険な行為だったと思います。インターネットなどでは怖い人もいると思うので、きちんとした相手を見きわめてSOSを出してほしいと思います。

 

<ブログコメント>2人の「逃げろ」「逃げよう」の呼びかけから、この人の歌を思いだしました。