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明治150年 賛美は危険 五日市憲法発見50年

 f:id:a-tabikarasu:20180819140839j:plain 1面/2018.8.19

明治150年 賛美は危険 自由、民権重視 五日市憲法発見50年/1面

 明治期につくられた民間の憲法草案「五日市憲法」が東京都五日市町(現あきる野市)の土蔵で発見されてから、今月27日で50年となる。発見のきっかけとなったのは、明治以降100年間の日本の歩みを賛美する政府の歴史観への疑問。この憲法を土蔵の中で最初に手にした新井勝紘(かつひろ)・元専修大教授(74)は、今の明治150年関連施策も輝かしい発展を強調するばかりで、戦争への反省がないと警鐘を鳴らしている。(高山晶一)

 新井さんによると、土蔵調査のきっかけは50年前の「明治100年論争」。佐藤栄作首相(当時)らが、西欧に追いつき追い越そうと励んだ100年間をたたえて多くの記念事業を行ったのに対し、「戦争を繰り返してきた100年間が、国を挙げて祝う歴史なのか」との反論が出ていた。
 東京経済大4年生だった新井さんが所属する色川大吉ゼミ(日本近代史)も、この問題に直面。「地域で暮らす人たちの視点で100年を検証しよう」と、「開かずの蔵」といわれていた旧家の土蔵を調査し、出てきたのが五日市憲法だった。


「明治の立憲主義に学ベ」五日市憲法を研究/新井勝紘元教授に聞く/2面

 50年前の土蔵調査で五日市憲法を最初に手にした新井勝紘・元専修大教授に、歴史との向き合い方などを聞いた。 (聞き手・高山晶一)=1面参照

改憲の動きに疑問
 ―調査した土蔵に、五日市憲法が眠っているとは知らなかったのか。
 「自由民権運動のころ、五日市町(現東京都あきる野市)の旧家・深沢家は、東京で出版された書籍をことごとく購入して民権家に読ませていたという記録がある。その書籍が土蔵に眠っている可能性はあると思っていた。調査で、3階にあった文箱から『日本帝国憲法』と記された24枚つづりの和紙が出てきたが、大日本帝国憲法の写しで、『大』の字が虫に食われたんだろうと(笑)。オリジナルの憲法草案とは夢にも思わなかった」
 ―五日市憲法は、多くの人権規定で知られる。
 「学ぶべきものが大いにある。『国民の自由と権利を守るためにこそ憲法がある』という立憲主義が、五日市憲法には明確に表れている。今後、憲法を改正するかどうかという局面になった場合、150年前に私たちの先祖が『こういう憲法にしてほしい』と願ったことをすくい上げ、判断基準としていく必要がある」
 ―五日市憲法は、地域の人たちが草の根の議論を重ねてつくり上げた。安倍晋三首相が主導する今の改憲論議と比べてどうか。
 「確かに違う。国民と離れたところで進めている今の改憲の動きは非常に疑問。五日市憲法はすごく自由な雰囲気で議論していたことが文献で分かっているが、今は憲法を守る集会を公共施設でやるだけでチェックされてしまう」
 ―五日市憲法をつくった人たちの、政治参加への熱意はどこからきたのか。
 「幕末、永遠と思われた権力が崩壊するのを見て、政治は遠くないと感じたのだろう。今は選挙で政権を覆すことができる時代なのに、政治が自分たちに近いところにあるという実感がない。そういう意味でも、あの時代には学ぶべきものがある」
 <略>

<あらい・かつひろ> 1944年、東京都生まれ。東京経済大で色川大吉教授に学び、地域の歴史調査で五日市憲法を最初に手にした。町田市立自由民権資料館主査、国立歴史民俗博物館助教授、専修大文学部教授などを歴任。専攻は日本近代史、自由民権運動史。著書に「五日市憲法」(岩波新書)など。