今日の東京新聞

購読している東京新聞の記事を紹介します。読者の応援ブログです。

考える広場 我が内なるファシズム

f:id:a-tabikarasu:20190330141621j:plain 4面/2019.3.30

考える広場 我が内なるファシズム

非選挙組織で歯止め 甲南大教授/田野大輔さん
 学生に同じ制服を着せ、野外で行進や他者への糾弾を行わせる「ファシズムの体験学習」という授業をしています。
 糾弾では仕込みのカップルに全員で怒号を浴びせますが、そうしているうちにだんだんと参加者の声が熱を帯びてきます。そこには「許されていることだから構わないだろう」という「責任感のまひ」が見られます。
 それと同時に、参加者はちゃんと声を出さない人を見ていら立ちを覚えるようになります。「集団の力」を実感し、一緒に行動することを義務と感じる「規範の変化」が起こるのです。

 権力の後ろ盾があればいとも簡単に、社会的に許されないことができてしまう。これは1938年にナチスが扇動・主導した「水晶の夜」と呼ばれる反ユダヤ主義暴動とも符合します。
 そうした危険は今の日本も無縁ではありません。ファシズムポピュリズム大衆迎合主義)には類似性があります。分かりやすい敵を攻撃し、これによって人々の欲求を発散させるという、ある種の「感情の動員」をめざす点です。
 もちろん、敵を攻撃するだけではありません。重要なのは、自分たち多数派の力を実感できるようにすること。ヒトラーは混乱を極めたワイマールの議会政治に代えて、強力なリーダーのもと一致団結したドイツ、「民族共同体」という理想社会を実現しようとしました。これを説得的に提示するため、党大会で壮大な式典を演出しました。
 ナチスによる演出は従来、うそにまみれたプロパガンダ(宣伝)と考えられてきましたが、そうした見方は「民族共同体」の実現に向けたナチスの努力、人々がそこに見いだした真正さを軽視しています。
 ドイツの国民はだまされて動員されたのではありません。自ら積極的に隊列に加わったのです。ナチスは労働者に休暇旅行を提供し、消費水準を向上させるなど、国民の願望を満たそうと努力していました。その結果、「民族共同体」は単なる幻想にとどまらない現実性を帯びることになったのです。
 国民の現実的な支持を得たファシズムをどう防ぐか。私たち一人一人の意識の持ち方も重要ですが、最後の歯止めは司法やジャーナリズムなどの選挙で選ばれない組織です。民主主義を存続させるには、非民主主義的な装置が必要なのです。(聞き手・大森雅弥)

 たの・だいすけ 1970年、東京都生まれ。専門は社会歴史学。博士(文学)。著書に『愛と欲望のナチズム』(講談社)、『魅惑する帝国-政治の美学化とナチズム』(名古屋大学出版会)など。

 
国難で一気に加速も 慶応大教授/片山杜秀さん
 「ファッショ」はイタリア語で「束(たば)」です。天皇を「現人神(あらひとがみ)」として国民を束ねたという意味で、明治の国家体制はファシズムと適合的でした。
 しかし、いわゆる「日本ファシズム」が「未完のファシズム」に終わったのも、明治憲法に権力が分散する仕組みがあったためです。国会は貴族院衆議院に分かれ、一方が法案を否決すれば即廃案。総理大臣の力は今より弱く、行政には枢密院という内閣のチェック機関もあった。陸海軍は天皇の直属です。近衛文麿大政翼賛会をつくり、東条英機は総理大臣と陸軍の参謀総長などを兼職して、権力を束ねようとしたが、右翼から「天皇に畏れ多い。ファッショだ」と批判されました。

 それと比べると、現在の憲法の方がはるかに強力に権力を束ねやすい。議院内閣制で、国民が選んだ国会が三権分立のうち立法と行政の二つを握ります。衆参両院で意見が分かれても、衆院優越の原則があります。
 冷戦後、権力の「束」はさらに強くなりました。まず現実主義の自民党と理想主義の社会党が対立した55年体制が崩壊し、現実主義の政党ばかりになった。似たような価値観の政党ばかり。その中では、経験豊富な自民党が選ばれやすい。
 さらに「決められない政治」として派閥や官僚が批判され、「政治主導」の名の下に内閣人事局が設置され、内閣に官僚は抵抗できなくなった。今の内閣は各官庁の情報を吸い上げて力が肥大化し、戦前・戦中にはなかった強力なファシズム体制を実現させたと思います。
 政治主導を主張したのはリベラルな政治学者やマスコミも同じです。現在の「安倍政治」は勝手に出てきたわけではない。冷戦後の流れの中でおのずと出てきた一つの答えなのです。ヒトラームッソリーニも、経済危機を立て直そうと出てきました。北朝鮮の動向や米中枢同時テロで「テロとの戦い」「常に危機だ」との論法が成立するようになり、米国や中国も個人情報の把握を正当化しています。
 治安は国防に加え、日本には津波地震もある。国民に「危機」を訴える生々しい要素です。もし災害や経済危機など本当の「国難」が起きれば、安倍政治で準備されたファシズム的な方向に一気に進む可能性があります。「未完」ではない日本ファシズムが生まれるかもしれません。(聞き手・谷岡聖史)

 かたやま・もりひで 1963年、宮城県生まれ。専門は近代政治思想史、音楽評論。著書に『未完のファシズム』、『現代に生きるファシズム』(佐藤優氏との共著、近刊予定)など。