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天皇制と民主主義 「八紘一宇」避けるには 中島岳志

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論壇時評 天皇制と民主主義 「八紘一宇」避けるには 中島岳志/6面

 天皇の代替わりを前にして、論壇誌やWEB、書籍で多くの天皇論が出された。大澤真幸は『ジャーナリズム』4月号(朝日新聞出版)に掲載した天皇制の謎と民主主義 『基盤装置』の危うい未来」の中で、天皇制こそ民主主義が可能となる最小限の条件を整えたと指摘する。
 民主制は、人々が選挙結果に縛られるという前提を共有しなければならない。「民主的な選挙は、最も基本的なレベルで合意がある者の間でのみ、たとえば基本的な信念や価値観を共有している者の間でのみ、うまく働く」
 世界中で国民の分断が深刻化し、民主主義の前提となる基本的な合意が崩壊しつつある中、「日本は、ここまで深刻な民主主義の危機に至らずに済んでいる」。その有力な原因のひとつは天皇制である。天皇を承認し、天皇制を維持しているということが、日本国民の基本的な合意を構成している。「天皇制とは、何か積極的な理念やイデオロギーへの合意ではなく、何であれ我々がすでに合意しているということへの合意、合意が可能であることへの合意である」
 確かに、日本の民主制は、初期段階から天皇の存在が基礎的要件となってきた。明治国家の国体は「一君万民」とされ、天皇の超越的地位を認めることによって国民の平等性を定位してきた。天皇以外はただの人間という前提が、将軍や大名のレジティマシー(正統性)をはく奪し、擬似的な民主制を作り上げることに寄与した。ただし、この戦前的な民主制は、天皇に与えられた「大権」が軍部に利用されることで、崩壊する。
 戦後民主主義は、天皇から政治的「大権」をはく奪し、象徴という地位を付与した。これによって、天皇の存在はネイション(国民)という想像上の共同体が共有する物語となり、民主制の基盤を構成するメタ合意(合意しているということへの合意)となった。
 しかし、この「合意」は、今後大きな限界にぶつかると、大澤は指摘する。それは移民問題である。私たちは、様々な出自の人たちを、日本人として受け入れる必要性に迫られる。その時、天皇はこの国の新たな民主制の「障害物」になりうる。純血の日本人というフィクションを共有しない人たちにとって、天皇制は日本人という枠組みから閉め出す力学として機能する。「天皇制は連帯のための装置ではなく、亀裂を確認するための装置となりうる」
 戦前期の日本は、多民族を包摂する「八紘一宇(はっこういちう)」という理念を振りかざした。天皇に民族を超えた普遍的位置づけを与え、天皇による世界統一を目指した。この二の舞は何としても避けなければならない。
 明仁天皇は、その思慮深さと弱者への温かいまなざしによって、国民からの絶大な支持を獲得してきた。明仁天皇による「象徴天皇」のあり方の模索は、時に被災地で跪(ひざまず)く姿となって表れ、不安に苦しむ人たちに力を与えた。このような姿がエスニシティ(民族性)や人種を乗り越える可能性は大いにある。
 しかし、天皇個人の能力に依存するあり方には大きな限界がある。半藤一利保阪正康・井上亮(まこと)の鼎談(ていだん)『平成と天皇(大和書房)の中で、井上は世襲制の問題を指摘し、「ものすごく能力がある天皇がいて、それが賞賛されて、こういう天皇であるべきだという意見が支配的になっていくことは、ある意味では危うい」と言う。その通りだろう。
 天皇および皇室に対して、常に高潔な人物であることを強いる制度にも、問題がある。大塚英志『感情天皇論』ちくま新書)で指摘するように、天皇の仕事は究極の「感情労働」である。天皇は常に感情をコントロールし、適切な態度をとり続けなければならない。旅客機の客室乗務員や看護師などの「感情労働」によるメンタルヘルスの不調が社会問題化する中、皇室にかかるストレスの問題にも目を向けなければならない。
 <略>
(なかじま・たけし=東京工業大教授)
 
 
コラム大波小波 「美智子皇后論を」 2019.4.25/6面

 天皇退位が迫る中、メディアに引っ張りだこなのは原武史である。とりわけ面目躍如なのは、三浦しおんとの対話集『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』(角川書店)だ。皇室以上にオタクでもある鉄道ネタも含めて、ざっくばらんだが結構鋭い三浦の突っ込みも相まって、くつろぎながらも随所に大胆な意見が出てくる。
 原因不明の病気で早世した大正天皇と、病中から皇室を支配した貞明(ていめい)皇后が後に与えた影響の大きさについては、既に原の著書にあるが、美智子皇后についての発言が目を引く。被災地や慰霊訪問での天皇・皇后の「祈り」には、聖心女子大出身の皇后のカトリシズムの影響が大きいという。思えば被災地で跪(ひざまず)くのも、皇太子妃時代に美智子妃が率先して行い、やがて天皇がそれに倣うようになったものだ。折々の言葉や、歌会始で発表される短歌の上手さなど、言霊の力は貞明皇后以上とも評する。
 生前退位天皇は、皇后の反対を押し切って決断したといわれるが、「天皇の側に主導権を取り戻したい印象を受けます」と原はいう。「主導権」を巡る微妙なバランスが窺(うかが)える。両陛下のお人柄への賞賛に世情は傾きがちだが、美智子皇后の功績への客観的な評価が今後またれる。 (ラケット)

<ブログ注> カトリシズムとは、キリスト教ローマ・カトリック教会の教理・信仰、および主義・思想のこと。美智子皇后の卒業した聖心女子大カトリック系の私立大学。