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「アベ政治を許さない」デモ4年 澤地久枝さんに聞く

こちら特報部アベ政治を許さない」デモ4年 作家・澤地久枝さんに聞く/22.23面

 東京・永田町の国会議事堂前に毎月3日、「アベ政治を許さない」と書かれたポスターを掲げる人の群れが現れる。安倍晋三首相に退陣を突きつけるデモだ。先頭に立つのはノンフィクション作家の澤地久枝さん(88)。シュプレヒコールもない。組織もない。一人ひとりの意志だけに支えられた行動は4年を超えた。猛暑の夏も体の限界に挑むように澤地さんは路上に立った。戦後74年。日本を見つめてきた作家は、何を思うのか。 (佐藤直子

たった一人でも立つ 安保法きっかけ 憲法無視の暴走見過ごせず
 じーじーじーとセミの声が響く。8月3日。正午過ぎの都心の気温は32度を超えた。強い日差しの中を議事堂正門の向かいの歩道に人が集まる。帽子をかぶり、長袖シャツ姿の澤地さんがあいさつを交わす。つえを手にした男性。北海道帯広市から、茨城県牛久市から、初めて参加したという女性たち。夏休みの小学生も交じっている。
 午後1時。約100人が一斉に「アベ政治を許さない」のポスターを掲げた。顔に汗をにじませ、みな黙って議事堂を見つめる。10分がたち、通算47回目となったこの日のデモは終了。参加者が近況報告をして解散した。
 「すごい暑さでしたからね、ここでひっくり返るわけにはいかないと思って、しっかり足を踏みしめていました。これで立っていられないんなら、やめだなって」。澤地さんは東京都内の自宅で8月のデモをこう振り返った。
 7月の参院選自民党議席を9減らした。しかし、投票率が50%に届かず、過去2番目の低さだった。澤地さんはそれがくやしい。「政権支持率はまた少し上がったでしょ。一人ひとりが抗議の意志を示すことが、いよいよ大事になってきましたね」
 作家として澤地さんが問うてきたのは、人間をぼろぼろになるまで追い詰めていく国家や戦争のむごさだった。戦前の2・26事件や戦中のミッドウェー海戦の遺族らに焦点を当てた作品は、声なき声に耳を澄ます作業であり、日本人が忘れてはならない昭和の罪責を描く作業だった。それは「9条の会」や、3・11後の脱原発運動へのかかわりにも通じている。
 2013年12月に特定秘密保護法を成立させた政府は、15年に集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案を強引に成立させようとしていた。憲法を無視した政治の暴走を見過ごせず、澤地さんは自ら呼び掛け人となって、法案が衆院を通過した直後の7月18日、最初の「許さない」デモを決行した。
 安保法が成立すると国会前の人の波は引いていった。澤地さんは「悪法を廃止しよう」と訴え、憲法公布記念日(文化の日)の11月3日にデモを再開。それ以来、毎月3日に必ず国会前で立ち続けている。
 「アベ政治を許さない」の文字は、昨年死去した俳人金子兜太(とうた)さんの筆によるものだ。「兜太さんの字は力強い。見ているとね、兜太さんが生きているみたい」
 国会前のほか、有志が同時刻、全国一斉に同じポスターを掲げる。自分の町の駅頭で、あるいは家の窓から、道ゆく人に見えるように。「政権にノーを言うことに勇気が必要になりましたけど、たった一人になっても立とうと思う。私はこう思うのよって。ギリギリの意思の表明です」と澤地さんは言う。

国に捨てられた 敗戦時の苦難が原点
 澤地さんが個人の力を頼みにするのは、国家に対する不信があるからだ。「国ってものはあてにならない。平気で国民を捨てる。ウソをつくんです」。そう言い切る原点は、敗戦時の難民生活にある。
 幼いときに両親と満州国中国東北部)に渡り、1945年8月の終戦時は14歳で女学校の3年生だった。満州関東軍は逃げるように先に撤退し、澤地さんら日本の民間人は取り残された。
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 「日本はまた戦争をする国になると思っていたけれど、今の政治はひどすぎる。国民は真綿で首を絞められていて、昨日できたことが今日はできない、そんなことが、日に日に増えているのではないかしら」
 あいちトリエンナーレ名古屋市)での「表現の不自由展」が中止された出来事もその一つだ。「京都アニメーションの放火事件が起きたばかりだったから中止になった。ひと言の脅しでできなくなるなんて」
 そして澤地さんは「風流夢譚(むたん)事件」を振り返る。雑誌「中央公論」に掲載された小説での天皇らの描写に憤った少年が、中央公論社社長宅で家政婦らを殺傷した事件だ。「あの後、天皇制を論じることが一気にタブーになってしまった」
 来年は復興をテーマにした東京五輪パラリンピックがある。「熱狂の中で原発事故の被害を消し去る。問題のすり替えです。お祭り騒ぎの後に何がやってくるのか」と澤地さんは暗たんとした思いに駆られる。それでも安倍政権への抗議をあきらめない。
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