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沖縄の理不尽さは「保育園落ちた」と同じ 元山仁士郎さん

沖縄の理不尽さは「保育園落ちた」と同じ 元山仁士郎さん

 自分が信じる道を突き進む人たちに聞くインタビュー連載<空気は、読まない。>の第3回は、米軍基地の移設に伴う沖縄県名護市辺野古沖の埋め立ての賛否を問う住民投票をけん引した元山仁士郎さん。沖縄が感じている理不尽さに思いを寄せてほしいと訴えています。 (聞き手・山口哲人)

◆香港を見て思う 日本の民主主義って何なのか
 辺野古の埋め立てに県民投票で「反対」の意思が明確に示されて1年が過ぎたのに、その前と全く変わらない。政府は白紙撤回するなり、県や米国と協議するのがあるべき姿なのに、沖縄の意思を全く顧みない。すごく憤りを覚えるし、こんなにも沖縄の民意が軽いのかと悲しくなります。
 日本は民主主義国家だと本気で思うなら、投票結果が無視される状況に直面した時、何百万、何千万の人が立ち上がってもいいんじゃないかと思いましたね。結局、県民投票直後も安倍内閣の支持率は50%近くあった。香港や韓国ではデモに何百万もの人々が参加したのに。日本の民主主義って一体何なのだろうと、ひしひしと感じます。

<略>

 誰にも理不尽な体験があると思います。「保育園落ちた」だったり、不当解雇だったり。不当解雇だと会社に勝手に決められて「明日から来ないで」となる。それって悔しいし、怒りも覚えると思うんです。沖縄の基地問題も日米両政府が勝手に決め、沖縄が関われない。その状況に県外の人たちにも思いを寄せてもらい、友人や家族など周りの人と話してほしい。

◆「仕方ない」を乗り越えるために
 太平洋戦争でゲリラ活動を担った「第二護郷隊」にいた祖父に「なぜ戦争は起きたの」と聞いたことがあるんです。祖父は少し黙った後、「当時はそういう教育だったんだ」と言った。反抗しようものなら殺されていたでしょうし、そうなると自分もいなかった。仕方なかったことは分かる。でもそういう「仕方ない」の積み重ねが戦争になっていったわけですよね。政治や上からの押し付け圧力に対してどう対抗していくのかは、沖縄戦や太平洋戦争が残した教訓、市民の教訓として考えなければならないことです。
 じゃあその「仕方ない」をどう克服していくのか。沖縄では、1962年と69年に米軍嘉手納基地の拡張工事に対し、住民が座り込みをし、それがハンガーストライキに発展したという文献を読みました。体を張って抵抗した歴史があった。県民投票の時のハンストは、投票権が奪われようとしている中、市民、県民が理不尽な目に遭っている中で、当然あるべき姿なんじゃないかと思ってやった。今の日本の空気を読んでない面はありつつ、かつての沖縄の人たちの空気は読んだつもりだった。
 辺野古の新基地建設は国が進めているんだから「仕方ない」と思う人たちの気持ちを否定はしません。ただ、自分の子や孫の世代になれば、必ず「なぜ辺野古に基地ができたの」と聞かれる。そこでどう答えるかが一生のテーマ。自分の言葉で正直に話せる大人になりたいなと思います。

東京新聞:沖縄の理不尽さは「保育園落ちた」と同じ 県民投票の会元代表・元山仁士郎さん <空気は、読まない。>3:社会(TOKYO Web)